3-6.作戦会議

 マリが常識の範囲を述べた。


 案内された部屋は窓が一カ所しかなく、かなり狭い。

 さらに汚いのが難点である。


 ユーリーは苛立ち交じりに肩まである黒髪を結っていたが、

 暫くすると動作を止めて、冷静な口調で話しだした。


「まずは、お金の確認をしないと……私の所持金は三千ルピー。

 つまり約二ヶ月、一人なら高級の宿に泊まれる」


 ユーリーはおもむろに上着をめくった。

 下の着物にはお金が幾重にも括り付けてある。


「すごいですわ。こんなにたくさん。屋敷からもってきたのですか?」

「まあね」

「主様と屋敷の者の生活は大丈夫なのでしょうか。

 困窮したりしないのでしょうか?」


 あくまで屋敷の者を心配している優しい少女に安心させるべく、

 本当の部分だけを口にした。


「これは私が今までに貯めていたお金だから心配はまったくないわ」


 あえて口にしなかったことは、

 屋敷では遣り繰りが厳しくて、

 一ヶ月もすれば使用人の誰かが路頭に迷うことになるのだろうということ。


 ユーリーはそんな予想はしていても、憐憫も罪悪感の欠片も沸いてこない。


「隠さないほうがいいと思うぜ。それがあんたの優しさでも、

 マリは誰かサマに話して欲しいかも知れないぜ」


 マリの目を盗み、レンが囁いてきた。

 もちろん誰か様とはユーリーを指しての厭味だ。


『使用人の婚約者候補レンさんは、

 マリさんの想いがわかるのかしらね? 読心術とか持ってるのかしら?』


「寒いですし、紅茶を淹れましょうか」

 席を立ったマリの隙を見て、先ほどの返答をしてやった。

「悪かったわね、捻くれた優しさで。レンこそ素直になれてないんじゃない?

 マリに気持ちがあるならいい加減に伝えたほうがいいわよ。運動だけ出来ても意味ないかもね?」

 思い当たる節があるのかレンは数拍ほど言葉に詰まってしまった。


「うるせ~な!それより怪我は平気なのかよ。馬で随分早く走ってたろ」


「あのときの影はレンだったの?」


 レンは問いかけに肯定して笑った。


「暗くてよくは分からなかったが、屋敷に戻ってマリが一人で慌てていたからな」


「――あんたって相変わらずはぐらかすのがうまいわよね」


 レンの恋愛話に持っていったつもりだったのに

 いつの間にか話題が転換されるのだからレンの話術は高いのだろう。


『わあ。そういうことか。運動ができる人がいたからなのね』


 アマリリスはやっと怪我までして大通りをよけたのか納得をした。

 あの時、視力、聴力、ともに優れている彼女にはレンの姿が見えたのだろう。


 見つかっていたらすぐに捕まっていたのだろう。

 彼の声はよくとおるのだから。


「大体、私のお金であの屋敷が成り立っているほうがおかしいのよ。で、所持金は?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る