3-7.所持金確認とこれから

 ユーリーがレンに話すよう進めると彼は言いにくそうに話しだした。

「俺は……三百」

「私は三百五十ルピーです。どうぞ」

 いつの間にかマリがカップを持って立っていた。

入れてくれた紅茶を片手にユーリーは計算をしてみた。


「そんなものよね。この宿のレベルを落とさないとすると、

泊まれるのは六日から七日ね」


 覚悟はしていたが、これで路銀を稼がなければならなくなった。

しかし、女が働ける場所はそう多くはない。

その上、安全も確保するならば、かなり制限されてくる。


「しかもここの位置は首都に遠いわ。良い条件で仕事があるかどうか……」


 人間たちが唸っていると妖精が発言した。


『さっき店主にもらった紙はどうなの? 何かの宣伝みたいだったけど』


「そうよ! あの紙だわ」

 店に入ってすぐに渡されたものだった。店主の印象が個性的すぎるから忘れていたのだ。


【働きたい、稼ぎたいそんなあなたにお勧めの日雇い仕事! 日当八百ルピー。ずばり農作業はいかが? 働きによっては期限延長あり! 女の皆サンでも大歓迎!! 二名以上なら給金倍増ありかも】


 これを読み終えた一同の目は野心に燃えていた。


「これって良さ過ぎますわ! 行動してみる価値ありですわよね」

「そうね。でもその前に私、まだやることがあったのよね」

 マリは不思議そうに質問した。


「なにをやりますの?」

「店主に訊かなくちゃ。嘆願書にかける不満なこと」

 そう言ってユーリーは店主を探しに出かけた。


 ✝ ✝ ✝


 店主は入り口に立って客入れをしている最中だった。

「政治について思うことですかぁ~

そんな難しいことなんて分からなんないですぅ~」


 男らしい無骨な指をくねらせながら店主は困ったように左右を見回していた。


「難しくなくていいんです。

税金とか法の罰則とか身近なことで感じた事ありませんか?」


「う~んと。そうねぇ。敢えて言うなら税金が高いことかしらぁ。売上の六割取られるとキツイのよね~さすがに。まああたし一人だしそれほどではな・い・かナ」


 店の主は厳つく黒い顔を皺くちゃにして小声で言った。


「そんなことよりあたしなんかが偉そうなこと言っていいのかしらぁ。こういう噂って罰則があるじゃない? お店潰れちゃうわよぉ」


「私は気にしていないしこれは匿名だから大丈夫ですわ。店主さんの思うことが実現すると良いわね。お休みなさい。あとこの事は他言無用でお願いしますね」


 店主はコクリとうなずいてくれた。

✝ ✝ ✝


 翌朝、宿に延長を頼んでみると店主は意外な事をしてくれた。


「当館では連続で宿泊の場合は五ルピーで宜しくてよぉ」


 なんとも気前のいい店主であった。

 五ルピーなら前日払った分も帳消しになるだろう。

 早速、求人場所に足を運んでみた。

 幸い宿から北に外れた場所で歩いて行くのにはそれ程苦ではなかった。


「あんた達、求人を見たのかい」

 聞いてきたのは腰が曲がった老婆だった。

「はい、力仕事は慣れています」

 前に進み出たのはレンだ。

「お前さんは使えそうじゃな。あちらへ行きなされ」

 レンに指示を出したお婆さんは残りの二人を品定めするようにジットリと眺めていた。

「で、あんたらは何ができるんだい?」

「私は計算が得意ですわ」

 マリが進み出た。

「フン。ここは生産するだけだから計算の仕事は大したことはないがね、あっちの小屋で仕分けしてるさね。あんたは何ができる?」


「私は細かい事なら大抵、何でも」

「ほう。少しは使えそうだね。あんたはワシといるんじゃ」

「は、はい。よろしくお願いします」

「じゃあ、さっさと準備して貰おうか」


 ユーリーが何よりありがたかったのは農作業が簡単だったことだ。

 例えば種まき。少ない土地と種を効果的に活用するために、

 品質のよい種を選び、丁寧に撒く。

「あんた、仕事が丁寧で使いがいがあるんじゃな。感心じゃ」


 思いの外、単純な動作の繰り返しだったり、

 細かい下準備だったりと、

 まちまちではあったが集中することが得意なユーリーは、

 一日中動いていてもそれほど苦ではなかった。


 アマリリスは残り二人の様子を見てみた。

 さすがに、レンは器具を運ぶなど本格的な力仕事に回されていた。


『なるほど。彼がすごく運動できるのは本当みたいね。これなら仕事が早く進むわ』


 マリは計算の仕事のほかに土にまみれた器具や服を洗うといった雑用に割り振られていた。

『案外計算の仕事ってないのね。

 あちこちから他の仕事を手伝ってくれって声がいっぱい聞こえるわ』


 ユーリーと違い、慣れない仕事に四苦八苦しているのがはっきりとわかる。


『やはりお金を稼ぐって大変なのね』


 蜜以外のものを食べたり、お金を必要としない妖精にはあくせくと働く人間は理解しがたいのだろう。

 感想はそれだけだった。




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