3-5.依頼屋の仕事

「――依頼する。アレを消して来い」


 依頼屋は信じられないというように何度か瞬いてみせたがそれは一瞬のこと。


 彼女は一つ咳払いをすると、

 普段の汚すぎる口調ではなく丁寧な仕事の口調で聞き返してきた。


「本気なのですか? 〝好いている娘を始末しろ〟などと」


「ごちゃごちゃ言うな。あれは朕以外の男といたのだ。

 そうされて当然だ。――受けるのか、受けないのか?」


 男は胡散臭い笑みを刷いて図々しく聞いてみた。


「今度は何を報酬として頂けましょうか?」


「いつもと同様、お前が望むものが報酬だ」


 依頼屋の人間は表情をなかなか表に出さないものだが、

 男の言葉を受けてニコリと微笑み、頷いた。


「では再三お願い申し上げていることなのですが、

 依頼屋に対する待遇の向上を叶えて頂きたい」


「……ああ。遂行出来たら努力しよう」


 仕事口調ならば、良家の才女と見られるだろう。


「承りました。今回は見習いに任せてみようと思いますが宜しいでしょうか? 

 もっともくだらない小手調べになりそうですが」


 男は興味をひかれたのか葉巻をテーブルにおいて下位のものを見た。


「くだらない? お前の判断だろう」


「そうなのですが。部下が騒いで煩いから任せるのです」


「そうか」


 といって頷けばコイツは話は終わりとばかりに元の口調に戻って、意見した。


「まったく男ってのは馬鹿な生き物だよ! 

 そんなことしても、振り向いてもらえるどころか軽蔑か、

 悪ければ憎しみの対象になるんだよ?」


 蔑んだ時に見せる笑みに見惚れそうになったが、

 ここで呑まれて意見を変えれば依頼主としての威厳が無くなる。


「下賤の出である貴様に判るものか」


 苛々したように口にすれば、

 彼女は肩を竦めるだけでそれ以上何も言わずに、退がった。


「そんなことは分かっている。朕は何時までもお前だけしか愛さない。

 お前は覚えてるだろう? ――もう一度朕をみてほしい。

 それが叶わぬなら……」


 自虐的な笑みさえ浮かべ、呟いた言葉は闇に吸い込まれていった。



 ✝ ✝ ✝


「ここで最後ね。泊めてくれると良いのだけど」


 今夜の町では泊まる客は多い。

 宿屋が立ち並び繁盛している通りで止まれないかと話を聞いてみた。

 もうすでに二十九軒の館に断られているのだ。

「あれはどうですか?」


 真新しく漆黒に塗りたてが目立つ建物と厩が立っている。

 思い切って中に入ると厳つい男が立っていた。


「こんにちは。馬が三頭連れているのだけどいいかしら?」

「どうぞ、どうぞ~。お知らせですわ~」

「はい。どうも」


 ユーリーは何とか差し出された紙に反応できたが、

 レンとマリは店主の厳つい外見に反して高い女声に揃って俯き、笑いを堪える羽目になった。

 店主が案内をしつつ、お金の話になった。


「当館でわぁ、お部屋にお通しする際に御代のチップを頂いておりまして~ 一五ルピーになります」

「そうなの? 安いわね。はい」


 ユーリーは言われた通りにチップを渡した。だが店主は言葉を続けた。


「また~ 当館では預かる馬などの料金は高くなっておりまして十ルピーですぅ。何分、飼料が高いものですから~」


「そ、そうなの。じゃあこれでよろしく」


 それだけでなく食事十ルピー、

 飲料十ルピーにいたるまで給金としてとられた。

「もう少し安くはならないかしら?」


「これ以上まけたら赤字ですからぁ。申し訳ございません。ではごゆっくりどうぞ~」

 店主が説明を終えて出て行って廊下が静かになったあとのユーリーは凄かった。

「何なの、あのオヤジ! ぼったくりじゃない。

 こんなに狭くてぼろいのに三五ルピーも取るなんて横暴だわ」


『ユーリー、馬の世話を引き受けてくれるところってなかなかないのだから、

 高いのは我慢しないと』


 アマリリスがたしなめるも、効果がなかった。


「そうですわね。たいてい二十ルピーあれば食事や水までついて泊まれるものなのですが。部屋がこれでは怒りたくもなりますわね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る