2-2. 脱出へ

 ✝ ✝ ✝


 そんな会話から一五分の時間が経ち、ユーリーは準備を終えた。

 ユーリーは重く長くて青いドレスから

 母の形見でもある動きやすい旅人姿となっていた。


「ユーリー、そんな服でいいの?」

「もちろん。服は動ける方がいいし、荷物は最低限でいいでしょ」


 アマリリスはクスリと笑いながら頷いた。


「良かったわ。あなたは地位が高い人である割に考えているわよね」


 アマリリスは暮らしがいい人ほど

 人間性的にはバカなものであると思っているようだ。


「位のある人だって頭のいい人はいくらでもいるわ。ただやり方が汚いだけ」

 アマリリスはそれにはとくに何も言わずに苦笑した。


「じゃあ、馬車が帰り始めるのを待って、

 その雑音に便乗して馬で逃走。……でいいわけ?」


 考えていた構想を口にすると、アマリリスは肯定してくれた。


「それが一番良いけど、貴女って馬に乗れるの?」


「もちろん。幼い頃からそれなりに教わったから大丈夫よ」


 特別に習いたかったわけではないが、

 母からの遺言といつか必要になると考えて、

 旅に必要な知識や技術は叩き込んでおいたのだ。


「ユーリー、また誰かくるわ」


「嘘でしょ! この格好じゃ、なんと言われるか」


 誉れ高いフラン家の血を引く姫君がはしたないと

 以前、使用人の誰かに言われた言葉が脳裏に蘇る。

「ユーリー様、起きておられますか?」

 ノックして開けようとする音が伝わってユーリーの体から冷や汗が流れる。

 鍵をかけておいたからよかったものの安心はできない。

 使用人たちの何人かはスペアキーを携帯している。

 マリもその一人だ。


 もう一度ノックが響く。


「な、なにか用なの? マリ」

「主様から伝言でございます。

 申し訳ございませんが鍵を開けてくださいませんか? 

 直接お伝えするようにと言われておりますので」


 さっと顔の血の気が引いた。


「ごめんなさい。刺繍の仕上げで手が開かないのよ」


「解りました。そのままで良いのでお聞きください。

『あの三人の中でお前に相応しい者がいる。名はロン・ジャンル。

 明日会うことになっているからそのように』とのことでした」


「わ、わかった。ありがとう」


「どのような人物かわかりやすいだろうと、

 主様から絵を渡されているのですがいかがいたしましょう?」


「ドアの隙間にはさんでおいてくれるかしら?」


 すぐにドアの隙間から紙が入ってきた。


「これでよろしいですか?」


「ええ。大丈夫よ。さがっていいわ。……お休みなさい」


 かなり動揺が表に現れていたと思うのだが、

 マリは何も言なくてホッとした。


「やっぱりギリギリまでドレスは着ていたほうが分かりにくいわね」


 マリが下に降りる足音を聞きながら、ドレスを着た。


「案外隠せるものね。それだと分からないわ」


 渡された三枚の画に描かれた者の名前を探す。

 ロン・ジャンルという名を――


「ユーリーって可哀想よね。どう見たって四十よ、この人。

 もう父親に近い年よね」

 まったくもって父らしい。

 貴族の位のことしか考えていない。

 年の差で陰口を叩かれることも考えられるというのに。


「確かに、好きそうな肩書きよね。

 でもざっと考えても年の差が20ってどうなのよ」


 書いてある限り、彼の位は3人の中でも格段に高い。

(父の将来はほんとに安泰だろうね。

 これだけすごく偉い人と家族になれんだからさ)


 ふと顔を上げると、開けっ放しの窓から外の会話が聞こえてくる。


「では……明日も……お招きください……」


「今日は楽しかったですぞ――」


「まったくですよ。

 明日もお招きくださいますようにお願い申し上げますよ」


 ガヤガヤと盛大な音を立てて貴族達が退出していくのが、2階の部屋にいても聞きとれる。

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