父の登場

2-1.父親からの縁談話

 胡散臭い笑顔で父が部屋に入ってきた。

「何か御用でしょうか、お父様」

 ユーリーはいつもと同じように冷静で冷たい声音を意識する。長年出来たことが、どこかぎこちない。父親は娘の様子などお構いなしに話を切り出した。


「おまえに似合う男を見繕ってきたぞ! これを見るがよい」

 ユーリーに渡されたのは三枚の画と筆で書かれた文字だった。

(またか。面倒そうだし、少しでも論点をずらしたいわね。今は――聞きたくないのに)

 ユーリーはポツンと考えていたが口ではもう世辞が飛び出していた。


「わあ、すばらしい絵師でございますわね。お父様、この方には今度は庭の絵を描いてほしいですわ」


「そんなことより決めてくれ、婚約相手を。

 このような美男子はまたといないぞ。

 今決めてしまえばお前の将来は安泰で、すばらしい人生が幕を開くのだぞ」


 それを聞きアマリリスは辛く評価する。


『ずいぶんと夢がある人だわね。少年みたいだわ』

 ユーリーはその呟きを聞いて慌てて声を上げようとしたがア

 マリリスは平気な顔をして言った。


『慌てないで大丈夫よ。人には見えないし、声も聞こえないっていったでしょ! 安心して』


 それを聞いたユーリーは父を見たが

 人外のものを見た気配は感じられなかった。


 だからじっと画と書かれた文字を眺めることができた。

『三人は貴族だけど、あと一人は此処の使用人なのね』

 アマリリスはのんびりとしている。 

 しかし当人にとっては、父にいつもの穏やかな敬語を意識していられるほど穏やかな問題ではなかった。自然と早口になった。


「お父様、お三方ともわたくしには勿体無く存じます。

 それと、何故レンが候補なのですか? 

 わたくしはきちんと自分を認めてくださる、

 そんな殿方とお会いたいと伝えたはずですわ。

 レンは関係ございません」

 

 父自慢の黒い口髭を整えた。焦った時の癖なのだろう。


「しかしだな、ここで決めたほうが後々楽なのだぞ。

 子供のころのお前はレンとならば結婚したいと言っていたからな。


 婚約者候補ということでお前に危害はないだろう。

 いい相手が見付かるまでの隠れ蓑になるだろうし

 気安い仲だからいいかと思ったのだ」



 娘の剣幕に負けまいと食い下がる父に現在、最も効果ある言葉を投げつけた。


「お父様、下でお客様をお待たせしておられるようですが、

 よろしいのですか? 

 お招きしたのはこちらですから失礼に当たるのではないでしょうか」


 ユーリーの言葉により、

 納得いかないながらもいそいそと下に降りて行った。


「まったく。なんでそんな昔のことを覚えているのかしら。

 父が気にしているのは、じゃない。

 自分が貴族の名を保っていられるかどうかってことでしょうに」


 ユーリーは再度、部屋に鍵をかけた。

 父親が残していった三枚の画は、

 フラン家よりも位が高く、これからも栄えるであろう家柄の青年達だった。



「あなたのお父様が戻ったところを見ると、まだディナーは続いているようね」


「今、気が付いたのだけど。あなたの声って人がいるときは頭に響くけれど、

 誰もいないときには人間と話しているみたいに耳に届くのよね」


「そうなのよ。一応、ちゃんと使い分けているのだから。

 人前で慌てないようにしてね」


 何故かアマリリスはバツが悪そうに言った。


 実の所、ユーリーの父が居ようと居まいと関係ない。

 会場に居る最も高位な貴族が帰らなければ終わることはないのだ。

 以前には朝日が昇るまで騒いでいたこともあった。


「広間が騒がしいからまだパーティーは続いていると思う。

 でも、勝手に騒いでくれたほうが都合はいいじゃないの?」


「そうなのだけどね。移動が人目についてはまずいでしょ」


 確かに、待たせている馬車や門番に見つからないように

 屋敷を抜け出さなければならない。

 

 それは簡単なようで、実際にはとても難しい芸当だった。

 屋敷には正式には一人娘と呼ばれているはずのユーリーですら

 把握出来ていないことが山のようにある。

 

 使用人の人数ですら定かではないのだから。


「とりあえず必要な物を集めましょう」


 ユーリーの呟きにアマリリスは頷いた。


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