12.母親の過去
「あなたの母親は
黄色人種の奴隷で貴方の父親に買われる。数年してあなたを産む。
父親はあなたの母以外は娶らなかった。
母親はあなたが六歳の時、流行病の結核で死亡。
他に身寄りのない娘を父親はある目的の為だけに養った」
アマリリスはそこで区切り、鋭く続けた。
「その目的とはね」
「私が十五になった時、奴隷の扱う商人に売りつけるつもりだった……違う?」
政府の方針で、十五歳から奴隷売買は承認されている。貴族と商人達まで認めて推奨することがあるくらいだ。奴隷でなければこれに異論するものもないのだ。
ユーリーの切り返しにアマリリスは蒼白になった。
「何で? 知らないと思っていたのに――」
その様子を見てユーリーは笑った。
「随分、前から知っていたわ。屋敷の者たちの態度があからさまだったから。私を説得する切り札のつもりだったの?」
ユーリーの前には可愛らしく首を縦にふるアマリリスがいた。
「小さい頃、屋敷をうろつけば使用人達は私を気の毒そうな目で見てきたわ。少し耳を澄ませばその話で持ちきりだったの」
分かんないほうがおかしいわよと吐き捨てた。
「けれど、父は私を残したの。理由は簡単よ。刺繍職人として働かせた方が長い目で見れば金になる。高位の貴族との繋がりも保てるから。笑える話でしょ」
幼い頃は怪しい大勢の人物が屋敷に出入りしていた。
「なによりも時々わたしに注がれる父の視線が怖かった」
だから本を漁って幼いながらにいろいろな知識をつけた。法律のこと、歴史、文化、芸術。
金持ちの部屋には貴重といわれる本が大量にあったし、監視の目が厳しくない時間帯を覚え、迷ったふりをして抜け出していた。
どれくらいそのようなことをしていただろうか。幼いなりに自分の現状を理解した。一五までは手が出せない。回避するために知恵熱が出るほど考えた。
一刻を争う問題だったから。どんな経緯で屋敷をでろと言われるかわからなかった。例えば金が無くて養えないから。
もし再婚したなら邪魔になったとだって言えるから。
考えた末の結論は簡単なものだったけれど……。
それは趣味であった刺繍を仕事にするという賭けだった。
「十四歳の子供を相手にしてくれるところはなかなかなかったけれど、
私は年を補うだけの技術があったのだと思う」
作品に目にとめた奇特な人が居てくれたから、初めて刺繍が売れると、父は物言いたげな視線を投げてこなくなった。
しばらくして父のほうから貴族から作品をつくるようにとの依頼を持ってくるようになった。
「分かっているじゃない。貴族や社会はどうせそんなもの。
娘だろうと何であろうと、利用できるものは利用し、
そうでないものは切り捨てる。今の世は形だけよ」
ユーリーは唇を噛んだ。その通りだったからだ。
利用されると本能的に分かっても今まで養ってくれた父が否定されてしまうからアマリリスのことを認めたくない。
軽蔑はしても復讐をしたいとおもうほど父親を憎んではいないからだ。
アマリリスの掌上という気がしてならないが、その言葉はなによりも説得力があった。
「……そうね……やるわ。ほんとは命なんて惜しくない」
苦悩の末に決意したユーリーの凛とした眼差しは、
アマリリスの何倍も美しかった。
しかし、それでいて儚く消えてしまうような危うさがあった。
「ありがとう。――ユーリー」
かすかに階段を上ってくるように床を叩く金属音がした。
「待って!誰か上がって来る」
コツコツと威圧的な足音は一定のリズムを刻み、
部屋のドアの前でピタリと止まった。
「ユーリー、話がある。出てきなさい」
威厳ある父親の声だった。
今まで悪態を突いてきた当人だけあって、ユーリーは身体を固くした。
ドンドンと扉を叩く音にユーリーは体を震わせながらも、
やっとのことで鍵を開ける。
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