9.妖精登場

✝ ✝ ✝

「はぁー。肩が凝ったわ。

私は苦手なのにワインなんか勧めてくるし。

それに手首に痣がついたじゃない! 

これだから馬鹿で自分本位のお貴族様は嫌なのよね」


 憎々しげな言い方は彼女の怒りの大きさを表している。


「こんな縛られた生活はもう嫌なのに!」


 ユーリーは言いざま、クルリと体を回転させた。

与えられた無駄に広い自室には、小さな本棚、

すりガラスで景色の見えない小窓、天蓋付きベッド、

壮大にバラの花が彫られているテーブル、

そして貴族の命ともいえる鏡と沢山の衣装の詰まったクローゼット。


 すべて、ユーリーが望んでもいないのに集められた道具だった。


「わたし、マリの部屋くらいに簡素でいいわ」


 ユーリーはマリの部屋に入ったことがあった。

そこには最低限度の衣装しかなかった。

ベッド、三着ほどの作業着が置いてあるだけだった。

着飾ることもなくて、毎日の仕事があって。

マリがうらやましいとはいえなかった。


「マリっていいな。それに比べて私は籠の中の鳥ね」


『その生活が不服ならば、貴方が変えればいいわ』


 聞こえたのは透きとおった綺麗な声。

『わたくしと共に歩みなさい。貴女の運命を』

「何なの、この声は?」


「なにを?」

「予言が本当だってことを。

 声も姿もあなたにしか判らないわ」

 人間である彼女には要請の言っていることが理解できないのか

 眼を丸くして、固まってしまった。


「ちょっとぉ~! なにか感想言ってよ!」

「これは夢なのよ。そうなのよ」


 自分自身に言い聞かせる。


「それより、アマリリスって何処かで聞いたことがあるのよね。

 だからこんな夢に出てくるのかも」

「だから夢じゃないってば」

 妖精はユーリーの周りを三周回った。

 妖精が回るたびにキラキラした粉が舞う。


「きれい。もしかして本当に妖精?」


「落ち着いてくれたようでうれしいわ。

 自己紹介するから聞いててよ。名前はいったよね。

 じゃあ趣味からね。私の趣味はね――」


 小窓の桟に腰掛けて、話を続ける小さな影は無視し、

 こぢんまりとした本棚に手を伸ばした。

 身に纏うドレスは重くユーリーの動作を遅くする。


「もう。このドレスは動きづらいったらないわ」

 やっとのことで本に手が届いた。

 本をめくり始めた時、

 やっと気がついた小さい影から制止の声がかかった。


「ちょっと、聞いているの? せっかく自己紹介をしているのにぃ……」

 ユーリーはお構いなしに頁をめくる。

「五月蠅いのは嫌いじゃなかったの? 少しは黙ってよね! えっとアマリリス……あった。

 アマリリス・別名ヒッペアストラム、ヒガンバナ科。花言葉はお喋り。……フフッ。あは」

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