3.美貌と老いと
そして何よりも一段と自分の容姿について気にかけるようになっていった。
どこにも出かけないのに、鏡の前に立つ。一日中鏡の前にいることもあった。
化粧を念入りにする。一流のデザイナーを呼び寄せてみても、化粧を施してもらっても、崩れ始めた体は元には戻らない。
筋力があることを重視することはなく細いことほど美しいと言われる時代だった。
顔のしわも増えていく。その原因は部屋の中に閉じこもっていることにある。
深窓の姫君はただでさえ人よりも運動量が少ない。散歩、パーティー、舞踏会。
これらの用事をこなすことで筋肉を維持してきたのである。
それがなくなってしまったら、病人同然だ。
狭い部屋の中でのこと。歩くことなど必要ない。
ベッドの上にある本だけ見ていればいい。
使用人が近くに持ってきてくれるものだけ食べていればいい。
それを意識しないうちはよかった。
沢山の衣装を選び、滋養によいと噂される食材を食べ、肌に良いとされる方法を試す。
肉類は徹底的に避けて野菜や果物しか口にしなかった。
狂おしいほどの努力など王には見せなかった。
男は汚らわしいと思うものには近寄らない生き物だもの。
必死で若さを保とうとする私を知ってしまったら
私のほうが王宮から追い出されてしまう。
心配する王に向かって彼女はこう言った。
「部屋にいると落ち着きますの。何も心配なさることではございませんわ」
にっこり笑って談笑の日々。
王は政務の合間をぬって彼女に会いに来た。それも長くは続かなかった。
ある朝、自分の力では起き上がれなくなっていた。
「起き上がってくださいませ。お嬢様がいらしていますよ」
このときになって初めて母に会うことができ、
やっと寝室に入れてもらうことができた。
幼かった私が覚えていることは煌びやかに着飾った侍女達が必死に女主人を支えている様子だった。それしか覚えていない。彼女が幼くて若さを持っている私に嫉妬していたのか何も言葉を交わしていなかったように思う。
私が部屋に入ると美しかった時代の女とは言えない人間がそこにいた。
彼女はぼんやりと虚空を眺めているだけだ。
これではいけないと心配した侍女が
美貌を保っていたころの彼女にあうドレスを持ってきた。
「これなどはお気に入りでございましたね」
「昔はね。今はそんなに細いドレスは入らない。マリに譲るわ」
横たわる彼女の前に打ち捨てられた真紅のドレス。
胸元が開いていて妖艶さが漂うデザインだった。
「それはかつてにあっていたものよ。
枯れ木のような体には合わないわ」
母は誰よりも現実が見えていた。
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