115番
かみまみた
115番
いつも決まって115番のタバコを買う客がいた。僕の働いていたコンビニで115番と言えば、それはマルボロのメンソール味を意味する。
電子タバコの普及により、自身の健康や周囲への配慮という観点から最近はめっきり紙巻きタバコを買う客が減っていたため、僕はその客の時代に抗おうとする態度を密かに応援し、ずっとそのままの姿勢を貫いてほしいと勝手に期待していた。
その客が来店するや否や、いつも僕は窮屈そうに棚に並べられた膨大な数のタバコから115番を一つ取り出し、レジでスムーズな対応ができるよう意識して接客をしていた。客の方も「分かっているじゃないか」と言わんばかりの表情を顔に浮かばせ、こうした何でもない一瞬のやり取りが仕事上の唯一の楽しみでもあった。
ある日、いつものように上下スウェット姿で来店した客から他の番号が告げられた時の衝撃は今でも忘れない。
それはまるで清楚系を売りに活躍していたアイドルの熱愛情報を週刊誌で発見した時のような驚きだった。
他の番号を注文する客の声には心なしか葛藤と後悔が滲んでおり、陳列棚で悲しそうに俯いている115番に対していくらか申し訳なさそうな態度を示しているように思えた。
しかし、それでも客にとって115番から卒業することは己を高みへと成長させる上で欠かせない選択だったのだろう。
人間はあらゆる局面で重大な決断を迫られることがある。例え自分が傷つくと分かっていたとしても、どれだけの犠牲を払ってでも目の前に横たわる未知の世界へと挑まねばならぬ時があるのだ。そうすることで人間としての格に磨きがかかり、より一層僕たちは逞しく生きられるのである。
目の前にいる客はまさにそうした進化の過渡期にあり、揺るがない覚悟と勇気を持って未知の世界へと立ち向かっていく挑戦者だったのだ。
僕はこの上なく貴重な場面に立ち会えたことに心の底から感謝し、前もって準備していた115番を棚に戻し、そっと16番を客に差し出した。
その時、客は長年愛し続けてきた紙巻きタバコからiQOSへと乗り換え、新たな自分へと生まれ変わった。
115番 かみまみた @kamimamita0618
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。115番の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます