第38話

 翼がはためき、風を巻き起こしていた。テューアはヴォルクの首に腕を回し、ディアマントはテューアにしがみついていた。

 空を飛んでいた。

「お、おい、大丈夫なんだろうな!」

「たぶん。龍はまさに人を乗せて飛ぶために、地上に遣わされた……と書かれていました」

 夜の闇を割いて、龍と二人は進んでいく。

「まさか、初めて飛ぶのか?」

「はい。ぜひ姫様にも一緒に体験していただきたくて」

「お前は時折、とても無謀だ!」

 その声も、あっという間に後方へと流れていった。龍は速かった。

「姫様、もし今向かいから敵がやってきたら、剣を抜けそうですか?」

「何を言っている……まあ、抜けないことはないだろうが……体を固定しておかないと、飛んで行ってしまいそうだ」

「固定できれば大丈夫ということですね」

「龍に乗って戦うつもりか」

「そう考える人は、必ず出てきます。だからこそ、兄たちは動いたのです」

「龍で戦うつもりで?」

「観てください、山の上を飛んでいます」

 龍は、ドライデスフルセスの険しい山々に拒まれずに飛んでいく。タルランドの外にも行けるだろう、とディアマントは予想した。

「もし……本庁勢力が龍を手に入れたら、大変なことになる」

「そうです。これまでと違い、山々は味方になってくれません」

 ディアマントにも、ようやく事態の全容が見え始めていた。

 何らかのきっかけで龍が復活することを知ったアードラーは、龍と盟約関係にあるザトアン家を利用しようとした。そこでグラウの野心に付け込み、クーデターの手助けをした。山岳領団にとっては「攻め」が目的だっただろうが、実際には「守り」の意味合いもあった。タルランドの外界から龍で攻め込まれる恐れもあるのである。龍での侵攻に備えるならば、こちらも龍を準備しておく必要がある。

「ハーゲル家も知っているということか」

「あると思います」

 テューアは、ハーゲル家が「龍時代」を見据えて接触してきたと考えている。そもそもタルランドに来たこと自体が龍と関係する可能性まで想定している。それは、これからの交渉で明らかになってくるだろう。

「ところで、いつまで飛ぶんだ」

「せっかくなので、行きましょう」

「え、どこへ?」

「グリュネスタイン教会です」

「はっ?」

 テューアは、ヴォルクに何事か話しかけた。すると龍は翼をはためかせ、進む方向を変えた。

「龍ならあっという間ですよー」

「いや、ちょっと……」

 増していく速度に、ディアマントはテューアを抱く腕に力を入れた。

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