第37話


 月の大きな夜だった。

 テューアとディアマントの二人は、街を出て森へと向かっていた。周囲に人の様子はない。静かな夜だった。

「こんな時間でないといけないのか」

「そうですね、見られるわけにはいきませんので」

 月明りでわかるところは、ランプに覆いをして進んだ。テューアは、いつになく慎重だった。

 森の中に入り、道なき道を進んでいく。しばらくすると、一見の小屋が現れた。

「こんなところに、なぜ」

「用意しておいたんです。数人しか、知りません」

 小屋に入ると、その中には藁が敷き詰められていた。ランプの光に照らされて、藁は金色の光を反射した。

「何かいる?」

「います」

 獣が息をするような音が、定期的に響き渡った。二つの目が、ディアマントの背よりも高いところで光っていた。

「いい子だ、おとなしくしていてくれたんだね」

 テューアはランプを床に置き、両腕を上へと伸ばした。それに呼応するように、二つの目が下の方へと移動した。

「テューア、それは……」

「姫様、黙っていて申し訳ありません。誰にもバレてはいけなかったのです」

 時折、長い舌が飛び出していた。体は灰色のうろこに覆われており、背中には翼も生えていた。

「本物の、龍……」

「これが、あんな大きな山に成長するんですね。信じられないです」

 テューアは、龍、と呼ばれたその生物の頭をなでていた。

「そうか、金の藁。龍に必要だったのか」

「これが、目印らしいです。匂いを嗅ぎつけるのだとか。ただ、それだけでは味方してくれません」

「何が必要なんだ」

「言葉です」

「言葉?」

 テューアは龍に向かって、何事かつぶやいた。ディアマントの知らない言葉だった。

「通じているようです」

「古いズィーゲル語です。今でも公的な文書にはこれを利用します。この言葉でかつて、ザトアン家と龍は盟約を結んだらしいのです」

「龍が言葉を理解できるというのは、信じられない」

「龍は、神の使いです。万能、と言ってもいいでしょう」

「おとぎ話に迷い込んでしまったようだ」

「おとぎ話は、現実をもとに作っているんですよ」

 テューアは龍から手を離し、近くにあった桶を覗いた。中には、水が張られていた。

「ほとんど水が減っていません。龍は、そういうものもあまり必要ないようです」

「なぜ、龍が訪れることを予想できたんだ」

「いろいろな書物にヒントはありましたが……決定打は、山岳領団です。彼らが兄に協力したのは、龍の復活を見据えてのことでしょう。龍がいる世界では、ある異変が起こります」

「異変?」

「今から、それが分かります。ああ……君に、呼び名を与えないとね。本当の名があるのかもしれないけど。そうだな……ヴォルクというのはどうですか?」

 龍は、クックッと喉を鳴らした。

「本当に言葉が分かるようだ」

「龍は賢いんです。よしヴォルク、外に出ようか」

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