第35話
「で、お前はどうするんだ」
グラウは、テューアに尋ねた。二人は、シードルを飲んでいた。
「え、どうするって何がです?」
「俺は妻を迎えた。テューアはどうするのだ」
「僕はまだそういうことは……」
「俺が死ねばお前が当主になる。そして、お前の子がその次の当主だ。考えておかねばなるまい」
「いやあ……」
テューアは頭をかいた。
「すでに意中の者でもいるのか。リヒト家には様々な者たちが出入りしていただろう」
「いえ、特に誰かというわけでは」
「では、他州議長の娘などが良いだろう。結びつきが強まるからな」
テューアはテーブルの下でこぶしを握っていた。
「それらも含めて、リヒト家に委ねるつもりでいましたので考えたことがありませんでした」
「そうか。今からは考えていかないといけない。どんな娘が好みなんだ」
「……芯の強い人です」
グラウは鼻の横を少し震わせてから、テューアの顔を覗き込んだ。
「そうだろう。それがいい」
テューアはシードルを飲み干した。「あまりおいしくないな」と思った。
「テューア、急ぎ文章を作成してくれ」
部屋にフリーダーが駆け込んできた。
「どうしましたか」
「突然、ハーゲル家が接触してきた」
「ハーゲル家?」
タルランドにとってハーゲル家は特殊な位置づけにある。どの州にも属さない、ハーゲル家領を有している。元々はハーフェン王国で活躍した貴族だが、ある時戦争後の報酬で「タルランドの土地が欲しい」と申請した。王国はタルランドと交渉し、なんとか領土を分けてもらったのである。ハーゲル家がなぜタルランドに行きたかったのかは明らかにされていないが、多くの家が争いの末に途絶えてしまった現在となっては、先見の明があったともとらえられている。
ハーゲル家自体はタルランドの争いに加わってこなかったが、常に存在感は有していた。あえて地元での婚姻関係を結ばず、常に王国から新たな人を迎えていた。どの州にも肩入れしないことにより、緩衝地帯としての地位を確立してきたのである。
テューアもその存在は知っていたが、関わることになるとは思っていなかった。「関わらないこと」がハーゲル家の在り方だと思っていたからである。
「どういう意図なんでしょうか」
「わからん。ただ、こちらの様子を探っている気はする。彼らにとっては『入り口』に当たるわけだ」
ハーゲル家領はドライデスフルセスに接していないが、智多教本庁勢力へと山を渡るには、どうしても通らなければならない。旧教の最大勢力であるハーフェン王国とのつながりが重要なハーゲル家にとって、ドライデスフルセスが今後どのような立場を採るのかは無視できない事柄なのである。
「敵対するということはないと思いますが」
「それだけの力はないと思う。すでにどこかと同盟しているのでなければ」
テューアは腕組みをして天井を見上げる。これまで学んできたことを思い出していた。
「彼らがこの地を選んだことが理由だとすれば、これはとても大きなことです」
「と言うと」
「そもそも、何百年後かのこの時のことを予測していたのかもしれません」
「この時?」
「もうすぐ訪れるであろう、歴史的な出来事です」
「それは、神が啓示していることなのか」
「フリーダーの神はしていないかもしれませんね。この土地の神ならば、しているはずです」
フリーダーは、口を曲げて頭をかなり傾げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます