第7話

「怖かった」

 テューアとディアマントは、町はずれの小さな屋敷にいた。新しい補佐士官オフィツィアーに与えられた、拠点である。

「危険な目に遭わせてしまってすみませんでした」

「約束をした以上、覚悟の上だ」

「姫様……」

「私はお前の護衛騎士エスコルトリタになった。いい加減『姫様』と呼ぶのはやめてくれ」

「でも、僕にとっては姫様です」

「私にとっては……変わってしまったんだよ、テューア」

 テューアは、目を伏せていた。彼はディアントに対して、見せるべき表情がわからずにいた。

 最初の頃も、そうだった。テューアにとってディアマントは、畏れ多い存在だった。リヒト家は三百年間ドライデスフルセスの頂点にあったのであり、ディアマントはその家で最も大切にされている娘、「姫」なのである。また、九歳にしてすでに美女になることが約束された顔立ちであった。いずれ彼女を守らねばならないというプレッシャーは、テューアの肩に重くのしかかっていた。

 実際共に過ごしてみると、さらなる戸惑いも生じた。ディアマントはお転婆でやんちゃで活気があって、そして強かった。年上の男性にも剣術で勝つのは珍しいことでなく、純粋な腕力で上回ることさえあった。そして、負けず嫌いだった。護られるべき存在が、最も貪欲に強くなろうとしていたのである。

 いつからかテューアは、自らの役割を思い直すようになった。力ではどうしてもディアマントには及ばない。だから知力で彼女の役に立つように、自分を高めていかなければならない、そう考えたのである。

「……元通りに、してみせます」

「できるのか」

「完全にはむりでしょう。ただ、お父様やお母様、皆様方を救うことはできるはずです」

「兄を裏切るのか」

「そこに抵抗はありません」

 テューアは、顎を上げた。目が真っ赤に充血していた。

「補佐士官として、将来は保証されているんだぞ。私の理不尽な命令に従う必要もない」

「一つ、はっきりわかっていることがあります。兄は、リーダーにふさわしくない。確かにタルランドに改革は必要かもしれません。ただ、ふさわしい指導者もまた必要です」

「それは誰なんだ」

「今から探すしかありません。革命家と政治家は両立しない。しばしば革命家は、そのことを歴史から学ぼうとしません」

「難しいことはわからないが……グラウをどうするつもりだ」

「議長をやめるように仕向けるか……もしくは、排除します」

「排除」

「そのためには、アードラーが壁になります。姫様……申し訳ありませんが、そこだけは頼まなければなりません」

 ディアントは、右腕に目を落としながらため息をついた。

「あの男はラーズンとは違う」

「わかっています。山岳領団コープスベルゲ長、簡単にいくはずがありません。こちらの手の内も見せてしまいました。それでも、何か突破口を見つけます」

「見つかるのか」

「なんとしてでも見つけます。傭兵の力で国が動かされてはいけません」

「頼もしかったんだな」

 テューアの頬が少し赤くなった。もじもじする彼の姿を見て、ディアマントの頬も少し赤くなった。

「すみません、力ではお役にたてなくて……僕が皆を殺してしまえれば……そして殺してしまえるほど愚かであれば……」

 殺し合いの連鎖は、誰も救わない。グラウも、リヒト家の人間を誰一人処刑しようとはしていない。本当の敵はタルランドの外にいる。テューアはそれらのことを判断できるだけの頭脳があり、冷静さがある。

「手は私が汚す。それが護衛騎士……そして調停勢力シュリヒタンの役目だ」

 後半は、消え入るような声だった。それは、クーデターが起こる前から二人の間に重くのしかかっていた事柄だった。

 話は、三年前にさかのぼる。

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