第6話

 議会場前の広場に、五人の人々が集まっていた。新議長に山岳領長、補佐士官。そして護衛騎士候補の二人である。

 候補の一人、ラーズンは二十になったばかりの青年であった。山岳領団の男らしく、太い腕に太い脚、顔にはひげを蓄えていた。身に纏っている鎧には、右肩の部分に領団の証である山羊の紋章が描かれていた。大ぶりな剣を、布で磨きながら対戦に備えていた。

 もう一人の候補は、まだ十七歳の少女、ディアマントであった。桃色の革の鎧に守られた体は、ラーズンに比べれば随分と細い。手にしているのも、細く短い剣だった。試技会においては最強という実績はあっても、実戦の記録はない。

 この場において、最も穏やかな表情をしているのはテューアだった。ディアマントを見守るようにして、目を細めていた。事前に声をかけることもなかった。

「では、始めるように」

 アードラーの合図によって、二人の戦士は相対した。一礼をし、剣を構える。

 決闘のルールは、どこでも共通というわけではない。村落ごとにルールが異なり、特に明文化されていないことも多い。また、山岳領団内にも独自のルールがある。今回はどのルールを適用するでもなく、「とにかく戦う」ということになった。

 それは、命を落とす可能性もあるということだった。

 ディアマントは、歩幅を大きくとって構えた。そして、すっと動き出した。次の瞬間には、ラーズンの懐に飛び込んでいた。

「こっ」

 ラーズンも、自然と体が動いた。ディアマントの一撃をさばき、後ろに跳ぶ。ディアマントは追撃。それは、猫のような動きだった。

「驚いたな。予想以上の動きだ」

 グラウは組んでいた腕を解き、右手を顎に当てた。

「そうですな。ただ、速いだけでは勝てません」

 ラーズンも、力だけで押そうとはしていなかった。ディアマントの攻撃を、的確にさばいていく。次第に相手の動きに慣れ、対応に余裕ができてきた。

「決まったな」

 アードラーは、笑った。ディアマントは大きく剣を弾かれ、左脇がガラ空きだった。

「決まった」

 そして、テューアもつぶやいた。鮮血が、舞う。

 ラーズンの頬が、切られていた。傷が浅いのは、咄嗟のことにも本能的に対応できたからだった。ディマントの左の肱当てから、ナイフが飛び出していた。

「なんだと……」

 アードラーは、目を丸くしていた。百戦錬磨の山岳領団長も、全く予想していなかった様子だった。

 ディアマントは、手を緩めなかった。剣を振り下ろし、相手の体勢を崩す。そして、右手の手袋を滑らせるようにして外し、ラーズンに投げつけた。中から砂が飛び出す。動きが一瞬止まったところに、横なぎの一振り。左の腰に、ヒットした。

 思わず剣を落としたラーズンだったが、彼もまた山岳領団の戦士である。意地を見せた。ディアントの剣をつかんだのだ。両手で抱え込み、大きく振り回す。ディアマントは体勢を崩し、彼女も剣から手を離してしまった。

 ラーズンは剣を投げ捨て、拳を振り下ろした。しかし待っていたのは、またもやナイフだった。右袖から出てきたものだった。拳を切り裂かれ、ラーズンは完全に動きを止めてしまった。

「なんだ……なんなんだ……」

 これまで見たことのない戦い方に、アードラーは驚きの色を全く隠せないでいた。そしてその横で、グラウは満面の笑みを浮かべていた。

「とんだ掘り出し物だよ」

 ディアマントは素早くラーズンの背後に回り、左の袖から引き出した縄を首に回した。両足を腰に回し、背中に飛び乗り全体重をかける。

「テューア、知っていたのか」

「……はい」

「勝つとわかっていたわけだ」

「いえ、賭けでした。速さだけと思わせる、それができるかどうか。あと、相手の力が想定内かどうかも問題でした」

「力」

「正直、僕は剣を取られるとは予想していませんでした。ただ、彼女は違ったようです」

 ラーズンは、膝をついた。アードラーが駆け寄り、叫んだ。

「勝負はついた!」

 腕に力を込めたまま、ディアマントは声の方を一瞥した。あまりにも、冷たい視線だった。

「ラーズン、お前の負けだ」

「……はい……」

 意識が遠のく中で、戦士は負けを受け入れた。ようやく、ディアマントが力を抜く。男は崩れ落ち、少女は立った。

「確かに頼りになる。牢屋に入れておくべきではなかった」

「そうでしょう。彼女は、立派な護衛騎士になります」

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