第5話

 タルランドは恵まれた土地ではない。平地は少なく、四方を山に囲まれており交通の便も悪い。冬は雪に閉ざされ、他国から完全に孤立する。周囲を取り囲むいくつかの王国は、力を付けるために開墾に力を入れており、農民を求めている。タルランドの民は、そんな諸王国にとっては「農民の供給元」の一つとみなされている。

 そんなタルランドがそれでも今日国力を失っていないのは、兵力のおかげだった。まず、自衛のために農民たちも武器を手にし、鍛錬を積むようになった。その中から武力を商品とし、傭兵になる者も出てきた。タルランドの外に出て傭兵として稼ぐ者たちが、富を持ち帰ってくることとなった。そしてタルランド兵の噂が高まることが、天然の要塞である山々の存在と相まって、タルランドを外敵から守ることとなった。

 タルランドの民にとって、優れた兵士であることは名誉であった。特に要人の護衛騎士エスコルトリタに取り立てられることは、何よりも誇れることであった。そしてその座を得るために、決闘を行うことは時折あることだった。

「テューアよ、本気で言っているのか」

「もちろんです。僕は彼女の力をよく知っております」

 とはいえ、今から行われる裁定は前代未聞のものであった。第一に、その候補の一人が打倒された旧領家の人間であるという点。領家から護衛騎士が出ることはないし、打倒され権力の座から追われた家からも然りである。そして第二に、女性であるという点。女性も戦わねばならない時があるとされたが、護衛騎士までになった者の記録はない。

「言っていることの意味が分かっているのか」

「兄さんは、リヒト家の政治が腐敗していたことを議員追放の理由にあげました。でしたら、議員ではなかったディアマントには何の咎もありません。そしてこれからは能力によって職が与えられるべき旨もおっしゃいました。彼女の兵としての力を放っておく道理はありません」

 グラウはしばらく険しい顔をしていたが、ふっと息を漏らした。

「ずっと側にいたお前が言うことだ、間違いはないのだろう。しかしリヒト家の人間であるという事実は重い。それだけのものを見せられるのか」

「もちろん、彼女は勝つと思っています。そして、もう一つ大事なことがあります。リヒト家の人間が議長の弟、補佐士官の護衛騎士であることにより、兄さんが武力に物を言わせて権力欲からリヒト家を打倒したとの人々の疑惑を打ち消すことができます。あくまで問題は不正をなしていた議員にあり、リヒト家の排除が目的ではなかったというアピールになります」

「俺が思っていた以上だ、テューアよ」

 グラウは目を見開いたまま、口元だけで微笑んだ。

「ありがとうございます」

「では、決闘の準備を始めるがよい」

「はい」

 テューアは、議会室を後にした。その背中が見えなくなると、グラウの顔から一切の笑みが消えた。

「大丈夫なんだろうな、アードラー」

「もちろんです。山岳領団コープスベルゲの男が、『姫』に負けるはずがありません」

「それもそうだ」

 二人の男は、目と目で確かな事柄を確認し合っていた。

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