第4話
八年前。テューアはリヒト家にやってきた。
ザトアン家の男子は、二男以降はリヒト家を助けることが習わしだった。三百年前、リヒト家がこの土地の領主となった時から。
テューアは、いつか家を出るということをはっきりと自覚しながら育った。長兄は彼より十一歳上。物心がついたころには病弱な父親は死期が近づいており、家全体が当主の交代を準備しつつあった。
彼がリヒト家にやってきて二年後、父親は死んだ。22歳にして、長兄グラウはザトアン家の当主となったのである。その後、もう一人の兄は病死した。ザトアン家の男子は、現在二人のみであった。
兄に何かあれば、ザトアン家に戻り自分が家を継ぐ。テューアにもその覚悟はあった。しかしそうでなければ、リヒト家に残り、ディアマントの護衛をする。テューアは、そちらの未来を強く願っていた。
しかし、全く予測しない未来がやってきた。山岳領団の力を借りたグラウの兵団は議会を包囲し、議員たちを捕縛した。リヒト家の当主ほか、有力議員たちは議員資格をはく奪された。テューアはザトアン家へと呼び戻され、新議長であるグラウの補佐士官に任命された。
テューアは、新しく与えられた彼の部屋、豪勢な椅子の上で考えた。次は、どのような未来を想定すればいいのか。半日考えて、彼は小さくうなずいた。
次の日彼は、屋敷の地下へと向かった。番人は彼の顔を見ると、道を空けた。テューアは灯を携えて、暗い廊下を進んでいく。三百年以上前、争いの絶えなかった時代には、幾人もの人間が地下牢に閉じ込められた。しかし、しつけのために子供たちが一時的に入れられることはあっても、監禁する目的では長い間使用されてこなかった。
「姫様」
テューアは牢の前で立ち止まり、声をかけた。返事はなかった。ただ、燃え上がるような二つの瞳が、彼の方へと向けられていた。
「こんなことになるとは、申し訳ありません」
テューアは膝をつき、頭を下げた。今にも涙が零れ落ちそうだったが、ぐっとこらえた。
「何も知らなかったのです。連絡を取る術などありませんでした。私はリヒト家を愛しています。今でもです。そして、姫様に忠誠を誓っております」
熱い視線が、少し揺れた。そして、唇がゆっくりと開いた。
「ならば、死んでほしい」
「……」
「このような屈辱、どう思う。グラウともども、死んでくれ」
「それが姫様の意志ならば。ただ、兄は従うはずもありません。だからそれは、僕が……」
視線の熱が、逆転した。ディアマントは目を見開いて、テューアの表情を確認した。聡明ではあるが弱々しい従者。いつも優しく見守ってくれた同じ年の少年。目の前にいるのは、彼女の記憶の中のテューアとは、違う顔をした男だった。
「お前に何ができるというんだ」
「何ができるかはわかりません。ただ僕は、姫様……そしてリヒト家の名誉を取り戻したいと心から思っています。そのためならば、何でもする覚悟です」
「お前はザトアン家の人間だ。最後にはそちらに付くに決まっている」
テューアは唇を噛んで、拳をぐっと握り締めた。そして、喉の奥から声を絞り出した。
「家にも兄にも思い入れなどありません」
瞳の熱は燃え上がっていた。ディアマントが、思わず少し顎を引いてしまうほどだった。
「……」
「姫様のお役にたちたいのです。それが僕の全てです」
「……」
「ただし。このままでは姫様を助けることはできません。リヒト家は身分を奪われ、州を追放されるでしょう。姫様はどこかに預けられ、この地には戻ってこられなくなります。このようなことを言わねばならぬ運命を呪います。しかし、これしか思いつかなかったのです。姫様を助け、そしてリヒト家の名誉を取り戻す方法を」
テューアは両手をつき、額を床に付けた。
「どうか、どうかお許しを」
「何なのだ、テューア。意味がわからぬ」
「これが、今私のできる唯一のことです。姫様、僕の
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