調停勢力

第8話

 ディアマントは居眠りをしていた。家庭教師が、歴史の講義をしている。

 ……山岳領団コープスベルゲは傭兵の派遣数を調整することにより、自分たちの価値を高めていった。戦況をコントロールし、傭兵の必要性を維持し続けたのである。雇う側の不満も募っていったが、雇わねば負けてしまう。次第に領主たちが疲弊し、タルランド全体の力が衰えていった……

「ディアマント様、聞いていますか」

「……えっ、も、もちろんだ」

 テューアは、くすりと笑った。ちなみに彼の頭の中には、家庭教師の言葉全てが一言一句間違わずに刻み込まれていた。



「まったく、あんなにつまらない授業はない」

 ディアマントは、何度も悪態をついていた。テューアは、見えないように苦笑している。

「何度も親から聞かされた話だ。まったくつまらない」

「そうですね」

 二人は、地下の倉庫にいた。使われなくなった農具や馬具、そして鎧などが置かれている。ディアマントはこの中から、お宝を発掘するのが趣味なのであった。

「来週は試技会だからな。何か見つかるといいのだが」

 倉庫の中には、他では見ることのない珍しいものもある。試技会でどうしても勝ちたいディアマントは、戦いで使えそうな何かを探しているのである。

「これはなんでしょう」

 テューアは、奥の方で古い肱当てを見つけた。見た目は一般的なものだったが、少し重たく感じた。

「見せてみろ。なんだろうな、変わったところは……」

 ディアマントは肱当てを手に取り、回したり振ったりして見た。そのうちに、ことん、という音がした。

「何か入っていませんか」

「ここが怪しいな」

 革の間に指を入れると、ざざ、と鈍い音を立てながらナイフが出てきた。非常に短く、刃は錆びて欠けている。

「初めて見ました」

「なぜこんなものが。磨くか、ナイフを入れ替えれば使えそうだ。……どうした、テューア」

「いえ、今日の授業のことを思い出して」

「今はナイフの話をしているぞ」

「……姫様は寝ていたんでしたね」

 テューアは、近くにあったブーツやマントなどを調べながら、話を続けた。

「リヒト家など調停勢力シュリヒタンが、なぜ大きくなれたかという話でした。交渉力によって信頼を勝ち得たというのは確かにそうでしょう。けれども、争いの激化した時代、それだけではなかったと思うのです」

「ほう」

「何か、危機を切り抜ける、もしくは他者を屈服させる力があったはずだと想像しました。ひょっとしたら、これがそれではないかと」

「肱当てがか?」

「いやまあ、これだけじゃないんでしょうけど」

 二人でしばらく探していると、いくつかの怪しいものが発掘された。砂の隠せる手袋。武器の隠せるマント。

「すごいな。使いこなせれば楽しそうだ」

「姫様、試技会でこれらを使うおつもりですか」

「もちろんだ。まあ、ナイフなどは入れ替えねばならないな。砂はどうだろう。ルールで禁止されていたとは……」

「姫様。これは、堂々と使う武器ではありません」

 ディアマントに服従しているテューアだったが、時折険しい表情を見せることがあった。彼の義務感から来るものだったが、ディアマントはその顔を見ると少し不満げになる。

「もちろん隠して使うさ」

「そういうことではありません。これはおそらく、普段見せず、いざという時に使うものです」

「何がいざという時なんだ」

「暗殺であるとか」

 テューアは、首を掻っ切るポーズをして見せた。

「なんでそんなものが我が家にあるというんだ」

「ですから、そういう力があったのではないですか」

「……馬鹿な」

「可能性としては、十分考えられます。教会が派遣した、交渉や排除の専門家集団と考えれば」

 ディアマントは拳を握った。

「リヒト家を侮辱するつもりか」

「いえ、そんな……」

「とはいえ、実物がある以上、可能性としては否定できないというわけか。まあいい、いつの日か使えるかもしれない。テューア、使えるように調整してくれるか」

「もちろんです」

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