第2話

「こうやって話すのは何年ぶりかな、テューア」

 そこには、三人の男しかいなかった。議長席に座るのは、グラウ・ザトアン。クーデターにより、ドライデスフルセスの新しい州議長になった男である。そしてその後ろに立っているのは、アードラー。山岳領団コープスベルゲと呼ばれる山の民たちの頂点に立つ男だった。最後に入り口近くの席に座る、細身の青年。ザトアンの弟であり、リヒト家から八年ぶりにザトアン家に帰ってきたテューアであった。

「わかりません」

「まあ、このような形で話すのは初めてか。どうだ、州議会室の眺めは」

「よくわかりません」

 三人がいるのは、ドライデスフルセス州議会室だった。数日前まではリヒト家を始め、有力な領家の代表がここに座っていた。現在は一度解散させられ、新たな議員の選出準備期間ということになっている。

「ここにいた連中は腐敗していた。タルランドの未来に対して無責任だった。新教勢力の躍進にも見ないふりをしていた。このままではドライデスフルセスは滅んでいたかもしれん」

「……」

「リヒト家は、教会にこの土地を売り渡す計画まで持っていた。三百年前は確かにこの土地を救ったかもしれない。しかし今は厄介者だ」

「そうですか、しかし……」

「お前は長年世話になっていたのだ。同情する気持ちもわかる。だが、数年のうちに事態は切迫する。こうするしかなかったんだ」

「……」

 テューアは、唇をかんだ。昔から、歳の離れた兄に対してはなかなか意見を言うことができなかった。

「これは未来を得るための戦いだ。これまでのような、馴れ合いの世襲制では勝ち抜くことはできない。実力のある者、才能のある者は身分にかかわらず役立てていかなければならない」

「……はい」

「お前は、とても賢い。わざわざここに呼んだのは、力を貸してほしいからだ」

「僕に?」

「そうだ。お前には補佐士官オフィツィアーとして、働いて欲しい」

「僕が……」

 補佐士官とは、議員のもとで様々な仕事をこなす秘書のような存在である。議員はほとんどが世襲で選ばれるため、優秀であるとは限らない。どの家も、いかに優秀な補佐士官を育てるかに熱心になっている。

「幼い頃から、ずっとそのつもりだった」

 では昔からクーデターの計画を。テューアはその言葉を飲み込んだ。確かめるのが怖かったのだ。

「俺はまだ、兵を動かす必要がある。反乱の恐れのある家がいくつかあるからな。お前には頭を使う仕事をしてほしい。もちろん護衛騎士エスコルトリタも用意してある」

「僕に護衛騎士?」

 テューアが驚くのも無理はなかった。護衛騎士は身分の高い者だけに許された特権であり、普通領主や議員、教会上層部の人間にしかいないのである。領家の中でも中堅であるザトアン家の二男であるテューアには、本来縁遠い存在だった。

「山岳領団の一人をアードラーから推薦してもらっている。安心して仕事をしてもらいたいからな」

 テューアはうつむいたまま、頭の中でいくつかの図面を描いていた。もはや、クーデターは成功した。今や彼は議長の弟であり、もうすぐ補佐士官になる人間だった。しかし彼は、そんな人生を思い描いていなかったし、望んでもいなかった。彼は、自分が大事であると思うことについて、一所懸命に考えた。そして、心の中にある壁を押してみた。今までどうしても触れられなかったその壁を、押さなければならない理由があったのである。

「兄さん、心遣いはありがたいです。でも、これから働くにあたって、その、自分で見極めることも必要だと思うんです」

 テューアは、声の震えを必死に抑えた。想像以上に、力強い声が出た。

「ほう。どういうことだ」

「兄さんは実力のある者、才能のある者は身分にかかわらず役立てると言いました」

「確かに言った」

「では、護衛騎士もそうであるべきですね」

「何が言いたい」

「強くて土地の情勢に通じている者が、護衛騎士にはふさわしいかと思います。山岳領団の方ならばもちろん不足はないでしょう。ただ、僕は僕で、相応しいと思う人がいます」

「なるほど。お前は俺の知らない世界も見てきているだろうしな。もしそんなにふさわしい人間がいるなら、誰であろうと採用するがいい」

「本当ですか」

「ただし。アードラーの推薦候補よりも強ければ、だ。戦って、勝つことが条件だ」

「……わかりました」

 テューアは、まっすぐにグラウの目を見つめた。グラウは誇らしげに微笑んだが、アードラーの表情は険しくなった。

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