第2話
「こうやって話すのは何年ぶりかな、テューア」
そこには、三人の男しかいなかった。議長席に座るのは、グラウ・ザトアン。クーデターにより、ドライデスフルセスの新しい州議長になった男である。そしてその後ろに立っているのは、アードラー。
「わかりません」
「まあ、このような形で話すのは初めてか。どうだ、州議会室の眺めは」
「よくわかりません」
三人がいるのは、ドライデスフルセス州議会室だった。数日前まではリヒト家を始め、有力な領家の代表がここに座っていた。現在は一度解散させられ、新たな議員の選出準備期間ということになっている。
「ここにいた連中は腐敗していた。タルランドの未来に対して無責任だった。新教勢力の躍進にも見ないふりをしていた。このままではドライデスフルセスは滅んでいたかもしれん」
「……」
「リヒト家は、教会にこの土地を売り渡す計画まで持っていた。三百年前は確かにこの土地を救ったかもしれない。しかし今は厄介者だ」
「そうですか、しかし……」
「お前は長年世話になっていたのだ。同情する気持ちもわかる。だが、数年のうちに事態は切迫する。こうするしかなかったんだ」
「……」
テューアは、唇をかんだ。昔から、歳の離れた兄に対してはなかなか意見を言うことができなかった。
「これは未来を得るための戦いだ。これまでのような、馴れ合いの世襲制では勝ち抜くことはできない。実力のある者、才能のある者は身分にかかわらず役立てていかなければならない」
「……はい」
「お前は、とても賢い。わざわざここに呼んだのは、力を貸してほしいからだ」
「僕に?」
「そうだ。お前には
「僕が……」
補佐士官とは、議員のもとで様々な仕事をこなす秘書のような存在である。議員はほとんどが世襲で選ばれるため、優秀であるとは限らない。どの家も、いかに優秀な補佐士官を育てるかに熱心になっている。
「幼い頃から、ずっとそのつもりだった」
では昔からクーデターの計画を。テューアはその言葉を飲み込んだ。確かめるのが怖かったのだ。
「俺はまだ、兵を動かす必要がある。反乱の恐れのある家がいくつかあるからな。お前には頭を使う仕事をしてほしい。もちろん
「僕に護衛騎士?」
テューアが驚くのも無理はなかった。護衛騎士は身分の高い者だけに許された特権であり、普通領主や議員、教会上層部の人間にしかいないのである。領家の中でも中堅であるザトアン家の二男であるテューアには、本来縁遠い存在だった。
「山岳領団の一人をアードラーから推薦してもらっている。安心して仕事をしてもらいたいからな」
テューアはうつむいたまま、頭の中でいくつかの図面を描いていた。もはや、クーデターは成功した。今や彼は議長の弟であり、もうすぐ補佐士官になる人間だった。しかし彼は、そんな人生を思い描いていなかったし、望んでもいなかった。彼は、自分が大事であると思うことについて、一所懸命に考えた。そして、心の中にある壁を押してみた。今までどうしても触れられなかったその壁を、押さなければならない理由があったのである。
「兄さん、心遣いはありがたいです。でも、これから働くにあたって、その、自分で見極めることも必要だと思うんです」
テューアは、声の震えを必死に抑えた。想像以上に、力強い声が出た。
「ほう。どういうことだ」
「兄さんは実力のある者、才能のある者は身分にかかわらず役立てると言いました」
「確かに言った」
「では、護衛騎士もそうであるべきですね」
「何が言いたい」
「強くて土地の情勢に通じている者が、護衛騎士にはふさわしいかと思います。山岳領団の方ならばもちろん不足はないでしょう。ただ、僕は僕で、相応しいと思う人がいます」
「なるほど。お前は俺の知らない世界も見てきているだろうしな。もしそんなにふさわしい人間がいるなら、誰であろうと採用するがいい」
「本当ですか」
「ただし。アードラーの推薦候補よりも強ければ、だ。戦って、勝つことが条件だ」
「……わかりました」
テューアは、まっすぐにグラウの目を見つめた。グラウは誇らしげに微笑んだが、アードラーの表情は険しくなった。
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