プリンセス・エスコルトリタ

清水らくは

護衛騎士

第1話

「あなたがテューアね。強くなりなさい」

 リヒト家にやってきたとき、ディアマントはテューアにそう言った。出会って二秒後の出来事であった。

「え、はは、はい」

「あなたはいずれ、私の護衛騎士エスコルトリタになるのだから」

 テューアは、小さくうなずいた。目の前にいるのは、自分と年齢の変わらぬ少女。しかし、自分よりもずっとずっと大人に見えた。すでに美女になることは約束されている、整った顔立ち。そして意志の強さが出過ぎている瞳。腕が長いのも目立っていた。決して、か細いという感じではない。

 代々仕えてきた家の大事な娘。人々は彼女のことを「姫」と呼ぶ。王家のない土地において、現在州にたった一人の姫。

「まずは、はきはきと返事をすることから始めた方が良さそうね」

「は、はい」

「そうじゃないでしょ」

「はい!」

 テューアはこうして、リヒト家に迎え入れられたのであった。



「次は誰だ」

 中庭一面に、りりしい声が響いた。それに応じて、屈強な男が歩み出ていく。手には木の棒。

「私がまいります」

 そんな彼も、数秒後には肩を押さえてうずくまっていた。相手が強すぎるのである。

「もういないのか」

 その声に、誰も応じなかった。ただ一人その場に立ち続けた戦士は、つまらなさそうに息を吐いた。

「場に出ない者すらいるとは。ドライデスフルセスの未来が思いやられる」

 兜を脱ぐと、長く輝かしい髪があふれ出た。美しい瞳にうすい唇、少しとがった顎。美少女だった。

「終わりですね」

 端に置かれたベンチへと戻ってくる彼女を迎えるのは、白くて細い青年だった。目も細く、頬にえくぼが見えている。

「そうだな。ところでテューア」

 少女は、青年のことをテューアと呼んだ。テューア・ザトアンが彼の名だった。

「なんでしょうか、姫様」

 青年は、少女のことを姫様と呼んだが、もちろんそれは名前ではない。彼女の名は、ディアマント・リヒトという。

「どう見えた」

「以前より強くなっています」

「そうか」

 ディアマントは、倒れている男たち、そして遠巻きに二人を見ている男たちを眺めた。本日ここで行われたのは、「試技会」と呼ばれる伝統的な鍛錬の会であった。名家の子息が領家に集まり、戦士としての腕前を磨く。強くなることが最初の目的だが、次に領家の息女、通称「姫」に対してのお披露目という側面もあった。やはり、高貴な女性には強い男がふさわしいのである。

 ただし、現代の姫は少し変わっていた。自らが試技会に参加したのである。それも、七歳の時から。そしてめきめきと力を付け、ついには十七歳の現在、誰よりも強くなってしまった。

「私に勝てるものがいないのだから、誰も私を守れはしないだろうな」

「そうですね」

「まあ、テューアはその中でも最も役に立たなそうだが」

「申し訳ありません」

 テューアは本当に申し訳なさそうに、頭を下げた。

 ザトアン家は伝統的に、リヒト家に二男や三男を預けている。そこで領主や姫の従者として働き、両家のつながりを保つことになるのだ。テューアは同じ年齢のディアマントの護衛となるべく預けられたが、最初から彼女の方が強かった。そして、差は開いていく一方だった。

「まあいい。勉強でまったくかなわないのだ。人には何か取り柄があるものだな」

「ありがとうございます」

 テューアに渡されたタオルで、ディアマントは汗をぬぐった。

「それに、この三百年タルランドは平和だった。もちろん小さないさかいはあったが、大きな戦乱はなかった。剣の力も宝の持ち腐れになるかもしれない」

「平和なのはよいことです」

 のんびりとした空気が流れていたが、そこに大きな足音が近づいてきた。見張りの一人が、ディアマントのもとに駆け寄ってきたのである。

「姫様、大変でございます!」

「何事だ。客人の前だぞ」

「申し訳ありません。しかし、しかし」

「どうしたんですか」

 テューアは、兵士の顔を覗き込んだ。彼はディアマントと違って、短気ではなかった。

「州議会が制圧されたとの情報が!」

「州議会が? どういうことだ」

山岳領団コープスベルゲの加わった軍が、周囲を包囲したのです。さらには、こちらに向かっている兵もいると」

「山岳領団が動いたというのか。ありえん。しかも我が家にまで」

「さらにその数百以上との報告が!」

 中庭にいた男たちが、互いに慌てて顔を見合わせた。この中に裏切り者がいるかもしれないのだ。

「いったい誰の差し金なのだ」

「それが……」

 今度は、いくつもの足音が近づいてきた。視線が一斉に動く。何人かの兵士の怒号、そして悲鳴が聞こえた。ついには、足音は中庭へと至った。

「そんな……」

 五十人近い兵たち。そのうちの一人が、青地に白い星の描かれた旗を掲げていた。そして、その中を割るようにして、一人の男が進み出てきた。

「皆々様。お久しぶり」

「そんな……」

 テューアは、その男の姿を見て固まってしまった。

「なぜだ。貴様どういうつもりだ」

 そして、ディアマントは一歩進み出て棒を構えた。

「これは姫様、噂通りに勇ましい。ただ、その武器では喧嘩しかできませんな」

「黙れ。これはどういうことか説明しろ」

「簡単な話だ。リヒト家はこれより、ドライデスフルセスにおける一切の権益を失うことになった。議会の腐敗を導き、そして教会との不正な取引をしていたことが認められたのだ」

「ばかな! 言いがかりだ!」

「やめた方がいいですよ。力で争うならともかく、理屈で争えばあなた方は必ず負ける」

「だーまーれーっ」

「姫様!」

 ディアマントはテューアの制止を振り払って、一直線に男の方へと駆け寄っていった。その前に、すっと別の男が割って入った。立派なあごひげに太い腕。盛り上がった筋肉は、誰が見ても山岳領団の兵士だった。彼は右腕を前に出してディアマントの棒をつかみ、そして左腕で彼女の右肩をつかんだ。少女は、完全に動きを封じられてしまった。

「無駄だ。こいつは領団長アードラー。最も強い男なのだから」

 必死になって押し込もうとするディアマントだったが、びくとも動かなかった。

「なんで、なんでなんですか……兄様」

 テューアは、泣きそうな顔をしていた。それに対して、彼の兄――グラウ・ザトアンは答えた。

「お前を迎えに来たんだよ、聡明な弟よ」

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