キュウリ男と編集さん 9

 そんな母親の様子を見て、イヤな予感しかしない。だが、羽織屋はおりやさんは気がついていないようだ。


「今時の子達のタイプって、羽織屋さんが言うみたいな人なの?」

「どうなんでしょう? 私自身が、ベタベタされるのが苦手なので。もしかしたら、少数意見かも」

「どうなの、あきら?」


 ほら見ろ、俺に話が向けられたじゃないか。


「どうなのって、なにが?」

「男の子は相手の女の子にベタベタしたいものなの?」

「それこそ人によるとしか言いようがないな」

「あなたは?」

「俺?」


 答えに困った。正直に言えば、ベタベタなんてしたいとは思わない。だがそこでそう答えると、母親のことだ「あら、二人はピッタリね」と言いかねない。じゃあベタベタしたいと答えるべきなのか? だがそれだと、俺が寂しがり屋の気持ち悪い男認定されるじゃないか。それはそれで勘弁してほしい。


「どうなのよ」

「クネクネされたくない俺が、相手にベタベタしたいとでも?」

「なるほど。寂しがり屋さんだからって、ベタベタしたいわけじゃないんですね」


 羽織屋さんが意外な答えですねとつぶやいた。


「羽織屋さん、それ、忘れてくれませんかね。別に特に寂しいのがダメってわけではないので」

「そうなんですか?」

「はい」

「あら、寂しがり屋さんじゃないの」


 母親が口をはさんでくる。


「それは小さいころの話でしょ、母さん。今の俺はもう大人だから」

「そうなの? 親としては寂しいわねえ……」


 そう言いながらため息をついた。


「はい。この話はこれでおしまい。さっさと片づけるんだろ? まさか徹夜で作業しろって話じゃないだろうね?」

「そんなことないわよ。でも、晩ご飯は食べていきなさいな。その時間にはお父さんも帰ってくるし。そうだ、お寿司でも出前で頼みましょうか? 羽織屋さんもどう? 直帰なら問題ないわよね?」

「お寿司につられました!」

「良かったわ、つられてくれて。だったら決まりね」


 やれやれ。首を横にふりながら、作業を続けた。


+++


「今日はごちそうさまでした! それと、遅くまでお邪魔しました」

「いいえ。こちらこそ、お手伝いをありがとう。あとは私達だけでなんとかなりそうよ」

「もし手が必要になったら、遠慮なく連絡をください」


 玄関で靴をはくと、羽織屋さんが頭をさげる。あの後、暗くなるまで作業を続け、八割がた片づいた。その後、父親から帰宅を知らせる電話が入り、母親が出前をとった。父は俺達が来ていると知り、なぜかケーキを買ってきた。


―― まったく、羽織屋さんは孫なみの特別待遇だな ――


 本の編集担当をしてくれた人だけで、ここまで気に入るとは思えない。多分、俺を抜きにしても、両親と羽織屋さんの交流は続くだろう。


「じゃあ、彰、羽織屋さんをお願いね」

「了解」


 羽織屋さんの自宅の最寄り駅を聞くと、自分が戻るルートの途中だった。


「では失礼します!」

「じゃあね」


 俺は羽織屋さんと連れ立って実家を出た。


「あの、送っていただくのはすごくありがたいんですが、門限は大丈夫なんですか? 自衛官さんには門限があるって聞いたことありますけど」

「ああ、あれは営内に住んでいる、独身の若い連中のことですよ。自分は駐屯地の外に住んでいますから、門限はありません。明日、遅刻しない限りは問題なしです」

「なるほど。消灯時間もあるって聞いたことあるんですけど、それも本当ですか?」

「営内ではありますよ。一般の人からするとかなり早い時間ですが」


 その時間を教えると目を丸くする。


「そんな早い時間に寝られるんですか?」

「訓練がきついですし、朝も早いですからね。寝ることも仕事のうちなので」

「はー……自衛官さんて、思っているよりずっと大変そう」

「慣れましたけど、慣れるまでは大変だと思いますよ」


 自分はすっかりその生活が普通になってしまったが。


「羽織屋さんの仕事はどうなんですか? なにか普通の企業とはここが違うってことはないんですか?」

「そうですねえ。出版社ということもあって、普通の企業より文章と向き合う時間が長いですね」

「好きな作家さんの近くで仕事ができるって楽しそうですね」


 俺のその言葉に首をかしげた。


「どうでしょう? 好きな作家さんだと、原稿を読む時に校正や編集の判断が甘くなりがちなので、そこは善し悪しかな。ほら、ネタバレ厳禁で楽しみにしている部分もありますし」

「なるほどね」


 うなづきつつ、周囲に気を配る。ここは閑静かんせいな住宅地だが、だからといって安心はできない。最近はこういう場所でも、さまざまな犯罪が起きがちだ。個人的には、暗くなってからの女性の一人歩きはよろしくないと思う。


「あの、なにかあやしい人でも?」


 俺の視線に気がついたのか、不安げな顔で見あげてくる。


「いえ、特には。両親に羽織屋さんのことを任されましたから、ちゃんと警戒をおこたらないようにと思いまして」

「すみません、わざわざ」

「どうせ帰る途中なので、お気になさらず」


 意識してニッコリしてみせると、羽織屋さんも安心したように笑みを浮かべた。

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