キュウリ男と編集さん 8

羽織屋はおりやさん、かわいいでしょ?」

「顔? ま、かわいい部類なんじゃないの?」


 母親が何気ない口調で言った。だからこっちも、何気ない口調で返事をする。


「素っ気ないのねえ……」


 大きなため息をついた。


「顔で人間性は判断できないだろ?」

「でも、その人間性が顔ににじみ出てくるタイプもいるじゃない?」


 まあ確かに。そういうのはたいてい、悪い方の人間性なんだが。


「だから前に言ったろ? いい子そうだって」

「それ聞きましたよ。だけど私が聞きたいのは、そういうことじゃなくてね?」

「いい子だとは思った。だが、それとこれとはまた別の話だよ」


 話はおしまいと両手をあげてから、作業を再開する。これ、夜までに終わるのか?


あきらのタイプじゃないってこと?」

「まったく、母さん。うちの司令なみにしつこいね」

「だって気になるんだもの。考えたら彰の女の子の好みって、今まで聞いたことないから」


 ため息をつく。


「そりゃ息子は普通、母親とはこんなこと話さないでしょ」

「お父さんとは話したことあるの?」


 これはまいった。気がすむまで付き合わないとダメなのか?


「そんなに俺の女の好みが聞きたいわけ?」

「羽織屋さんがタイプじゃないとしたら、今時のキラキラフワフワした子が好きってことでしょ?」


 そのうち羽織屋さんが戻ってくるんじゃないかと、廊下を気にしながら話を続ける。


「そんなことないよ」

「じゃあ、どんな子がタイプなの?」

「それ、聞いてどうするつもり?」

「そりゃあ、次の時の参考にするのよ」

「まったく懲りないね」


 やれやれと首をふった。


「だって、自衛隊の幹部としては、妻帯者のほうが良いんでしょ? 外国の人達との交流レセプションでは、パートナー同伴が常識だし」

「必ずしもそうじゃないよ」


 あれこれと世話を焼きたがるのは、なにも孫の顔が見たいだけではなさそうだ。まあ両親のことだから、いろいろと考えているんだろうなとは思っていたが、まさかそっちのことまで考えていたとは。


「そりゃまあ、いるに越したことはないと言われたことはあるけど」

「ほら見なさい、必要なんじゃないの」


 ちなみに俺にそう言ったのは防大の同期で、今は海上自衛隊に在籍している。


「だから、絶対に必要ってわけじゃないよ」

「でも、いるに越したことはないんでしょ?」

「そりゃまあねえ……」


 だが時代が変われば常識も変わる。最近は同伴なしで出席しても、上官からとやかく言われることはなかった。


「それで? どんなタイプが良いの?」

「好きなタイプは決まってないけど、苦手なタイプはいるかな」

「たとえば?」

「クネクネして全力でもたれかかってくるタイプ。現実もだけど比喩的な意味でもね。わかる?」


 しばらくの間、母親は首をかしげて考え込んだ。


「なんとなくわかった気がする。そのタイプは私も苦手っぽい」

「だろ?」

「だったら、羽織屋さんなんてピッタリじゃないの。お仕事を頑張っているし、自立してるわよ? クネクネしてないし」

「結局そこに戻るのかよ……」


 まだ諦めていないのかと思わず笑ってしまった。


「母さん、よほど羽織屋さんが気に入ったんだねえ」

「お父さんもね」


 突然わざとらしい咳ばらいが聞こえ、俺と母親は飛びあがる。ふりかえると、羽織屋さんがニヤニヤしながら立っていた。


「足のしびれが消えたので戻ってきました」

「あら、お帰りなさい。足はくずしてお座りなさいね。また彰に運んでもらうのはイヤでしょ?」

「そうさせていただきます」


 そう言って、羽織屋さんは俺と母親の間に座り、カバーかけの作業に戻る。


「ごめんなさいね」

「なにがです?」

「勝手に二人で盛り上がっちゃって」


 羽織屋さんは少しの間、手を止めて笑った。


「いえいえ。親子なんですから、そういう話で盛り上がるのは全然ありだと思いますよ? ただ、その話題に自分が含まれているのは、すごく変な感じがしましたけど」

「ちなみに、羽織屋さんはどんなタイプの男性がお好み?」

「ちょっと母さん!」


 慌てて止めたが、口から出た言葉はもう取り消せない。


「だって彰にも聞いたんだから、ここはやっぱり羽織屋さんにも聞いておくべきでしょ?」

「どういう理屈なんだよ」


 とんでも理論にめまいがしてきた。だが頭を抱える俺とは正反対に、羽織屋さんは楽しそうに笑っている。


「そりゃまあ、公平性を考えれば私にも聞くべきことですよねー」

「でしょ? どう? どんなタイプが好み? あ、ちなみに彰はね、こう見えてけっこう寂しがり屋なの」

「え?!」


 ものすごい勢いでこっちを見た。


「なんでそんなに驚いた顔をするのか、俺には理解できませんが」

「だって寂しがり屋ですよ?! 寂しいのダメなんですか?」

「いけませんか?」

「そうじゃなくて、タイプ的にはものすご――く遠いところにある気がしたものですから!」


 しかも、ものすご――く、とか。


「それでどうなの?」

「ああ、私のタイプですね? タイプっていうか、対等な人が良いです。上から目線でも、下から目線でもなく、対等な立場にいてくれる人。もちろん男女の違いはありますし、それぞれの社会的立場もあるので、なにからなにまで対等とは言いませんけど」

「カチカチ頭はダメってことね」


 母親がにこにこしながらうなづいた。

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