第19話 二人の誕生日

 シルトは、一人で扉の前に立つ。

 その衣服は黒を基調にしたもので、そこには美しい銀細工も施されている。耳飾りに使われている宝石もかなり高価で、髪留めも今日ばかりは豪華だ。それらの輝きに劣らない容姿を持ち、その堂々とした姿はまさしくこの国の皇帝に相応しい、俺も誇らしくなる。

 扉を開ければ、そこはシルトの為の祝いの席、誕生祭だ。多くの客が来ているのは、ここからでも微かに聞こえる声と音楽でわかる。


「タカユキ」


 シルトが、俺の名前を呼ぶ。少し後方にいた俺は、呼ばれたのでシルトの隣まで近付いた。


 そう、無事目覚める事が出来たシルトは病み上がりだというのに誕生祭を欠席しない事を決めた。それは皇帝であるならば当然の判断といえるだろうが、俺としては心配だ。

 シルトが目覚めて、全ての事情を説明した。その全てを知って、シルトは拘束していたソラノを謹慎処分にする事に決めた。

 それは皇帝に害をなしたと考えれば軽い処分だというのは誰の目にも明らかだった。しかし、今回の事を知っているのが俺達だけだという事、ソラノの次代の賢人は育っておらず容易く処分は下せない事、それに何よりよく眠れて助かったとシルトは言った。もしかしたら、俺が軽くしてくれとお願いしたのもあるのかもしれない。

 ソラノは、シルトの言葉に大人しく従った。その時のソラノはどこか憑き物が落ちたような顔をしていた。


 ソラノに関しては、俺の責任もある。だから、シルトの誕生祭が終わったらソラノには全部話すつもりだ。

 俺の前世の事、あの時の事、後はもう一度ありがとうって伝えたい。それに関して、ソラノがどういう態度に出るかはわからない。

 信じるもんか、と言われたら、それはそれで根気強く信じて貰えるようにすりゃいいさ。俺にはシルトがいる。俺とシルトがいれば、いつかは信じて貰えるだろう。


「どうかされましたか、陛下」


 そんな俺の返答に、シルトはむっと唇を曲げた。いや、この場所じゃ誰がどこで何を聞いているかわかったもんじゃない。

 俺とシルトが深い関係だっていうのは出来る限り広めない方がいいのだ。シルトがどうにかするっつっても、俺だってこいつばっかりに任せて守られてばかりというのはどうにも落ち着かない。


「……タカユキ」

「ぐっ」


 しかし、シルトは捨てられた子犬のように憐憫を誘う声を出した。お前、いつもそうやって悲しそうな顔したら俺が優しくすると思っていないか。俺は出来る限り表情を変えずに背筋を伸ばして姿勢を正す。必殺フランシアさんの真似である。本人バレたら鞭打ちは避けられそうにない。


「今日は私の誕生祭なのだが、名前を呼んでくれないのか」

「……いや、それはズルくねえか? わかったわかった! 何だよ、シルト」


 はあ、と呆れて溜息が零れる。俺の返答に満足したのか、シルトは幸せそうに微笑むと俺と向き合うとその顔を近づけてくる。

 今日のシルトは正しく皇帝陛下という正装で、いつもと違う印象がある。その為に、間近に顔が近付くと体温が上がる。妙にドキドキしてしまうのだ。くそ、顔が良くて困る。いや、シルトは俺の自慢でそれがいいのだが。その両手がそっと俺の頬を包む。


「今日をタカユキが産まれた日にしないか?」

「え?」

「孤児ならば、産まれた日はわからないだろう? だから私と共にしよう、タカユキ」


 その言葉には、瞳を丸めた。

 また唐突な事を言い出したものだ。確かに、路地裏に捨てられた今の俺が産まれた日はわからない。実の両親を探す気もないので、一生わかる事はないだろう。

 前の俺の誕生日にすればいいかと思うが、俺は今を生きている。それはちょっと違う気がしていた。

 シルトは、そんな俺にこの日を誕生日ということにすればいいと言っている。シルトの唇が俺の角に触れる。その瞬間、微かに身体が震えた。シルトに触れられるのは嫌じゃないんだが、妙に恥ずかしく感じる。


「だから、今日の誕生祭は私の為であり、タカユキの為でもある。そう思い、側にいて欲しい」

「……」


 また無茶苦茶言うな、コイツ。

 この誕生祭は間違いなく、シルトのものだ。それはわかっている。けれど、まあ、そう思うくらいは個人の自由だろう。主役がこういってるんだしな。もしかしたら、誕生日がない俺を可哀想だと思ってくれたんだろうか。そこら辺はわからない。

 ただそんなシルトの気持ちが嬉しくて、俺はしっかりと頷いた。それにシルトが笑って頷くと、シルトは目配せをする。

 その目配せの相手は、ヴェルグである。ヴェルグとガルムはずっといた訳で、ガルムは通常通りだが、ヴェルグの目は死んでいる。

 ヴェルグとガルムは扉を掴んでそれを開く。開ければ、室内の光がこちらへと差し込んできて少々眩しい。

 俺は、シルトの後ろに下がり小声で問いかけた。


「でしたら、贈り物はございますか? 陛下」

「無論だ。楽しみにしておくといい」


 シルトは肩越しに振り返り、甘く蕩けた瞳が俺を映す。それに、既にプレゼントは貰った気持ちになったがそれは黙っておこう。

 シルトの誕生祭が始まる。そして、俺の誕生祭もだ。

 これが終わった後に、シルトから贈られるモノに不満を漏らす事になるのだが、それはまた別の話だ。俺はただ、シルトの傍で幸せを噛みしめていた。


 開いた扉から差し込む光に飛び込むように、俺とシルトは二人で通り抜けた。









​───────



これにて完結となります。ここまでお読み頂き本当ありがとうございました!

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