第17話 ふざけるな

 殺した? 何を言ってるんだ。俺を殺したのは誰かもわからない角ナシの奴隷であって、断じてソラノではない。だというのに、ソラノはそう言い切った。わけがわからない。

 もし、俺の予想通りソラノの角に熱が溜まっているのなら、これ以上興奮するような事は言うべきではない。

 そう頭でわかっているが、俺の口は勝手に動いた。


「違います。その墓の男は刺されて死んだんです、ソラノ様は関係ありません」

「お前が、何故知っているんだ?」


 ソラノが俺を睨みつける。突き刺さるような敵意と怒りを感じるが、俺は一歩も引く気はなかった。何故なら俺の死は俺がやらかした事だ。そこにシルトのせいもなければ、コイツのせいなんて事だって絶対ない。それを誰に背負わせる気は一切ない。

 そんな俺の態度を見て何かに気付いたように、ああと小さく呟きソラノは眉を顰めた。


「陛下にでも聞いたのか? なるほど、本当にお前の存在は吐き気がするよ。同じ名前に、同じ髪色。それで陛下に取り入って、よくやる事だな」

「……」

「けれど、アイツは俺が殺したんだ。俺は知っていた、あの時、あの夜の事を」


 ソラノが、語る。

 あの夜、ソラノは俺の末路をお告げされていた事。だが、ソラノはそれを無視したのだ。その日に限って賢人の役目を放棄したのだ。それがどういうお告げなのか、分かった時には全てが手遅れだった。

 ソラノは饒舌だった。シルトへ薬を盛った理由さえもつらつらと話す。そこには歪みしかなかった。

 眠らせられたらシルトを救える? その果てに死の可能性も確かにあるというのに、その重大な矛盾に気付こうとしていない。それは狂人の言葉にも似ていた。


 俺は、ただ黙ってそれを聞いていた。

 それを語るソラノはどこか熱に浮かされているような様子だった。その間ヴェルグは、俺の側に近付いていつでも俺を庇えるような体勢だ。ガルムは取り押さえられるようにソラノとの距離を詰めていた。ヴェルグ達も気付き始めているのだろう、今のソラノは正気ではない。

 後は、ヴェルグ達に任せるべきだろう。ここに俺が来たのも我が儘だった。理由を知りたい、それだけでここに来た。

 一番大切なのはソラノに葉の配合を吐かせる事だ、それが今回の目的だ。オラフェスの花以外も混ざっていたので詳しい配合を知る必要がある。

 それさえわかれば他の治療師でも対処にしようがあるそうだ。それが本来の目的だ、わかっている。

 だが、俺はソラノに向かって一歩を踏み出した。


「……ふざけんなよ」


 思った以上に低い声が出る。俺はどうしようもなくムカついて、頭にきていた。

 ソラノは三本角だ、この状況でアイツに近付くのはどう考えても危険だ。そうだと知りながらも俺は構わずに進む。その行動にソラノは肩を震わせた。


「オイ、タカ! 危ないぞ、近付くな!」


 ヴェルグが俺に向かって大声で忠告をする。しかし、俺はその足を止めなかった。それはソラノに俺に触るなというシルトの命令が残っているのを俺が知っているから、なのかもしれない。いや、もしそれが無くとも俺はこうして向かっていただろう。

 それくらいに腹が立って仕方ない。俺は、ソラノの前に来てその胸倉を勢いよく掴んだ。


「何をッ!」

「お前が見つけたやりたい事はそれかよ、ソラノ! 全部諦めてきたお前がやっと見つけたもんだって言うのかッ」

「な、なに……?」


 俺は何となくわかっていたのだ。ああして繰り返し朝も夜も墓の前に来て、祈る。それは決して鎮魂の為なんかではない───あれは贖罪だ。

 あの時、俺を助けられなかった事を、殺してしまったと後悔して、何度も何度も頭を下げているのだ。それをこんな歳になっても繰り返して、きっと雨の日も晴れの日も謝り続けてきたのだ。

 救えなくて、ごめんなさい。

 そうやって、ソラノは俺の墓に謝り続けてきたのだ。多分アイツのやりたい事は、俺の最後の言葉を守る事。

 何だよ、それ。ふざけんな。


「そんなの、おかしいだろうが! お前の幸せはどこにあるんだよ!」


 大声で怒鳴りつけながらも、熱いものが込み上げる。

 それは俺の望みだ。俺が、シルトに幸せに生きて欲しくて、口にした望みだ。それはソラノの中から生まれたものじゃない。

 能天気な俺はもっと幸せで、誰かに嬉しくて語りたくなるような、そういうもんがお前の生きる理由、やりたい事になると思っていた。


「それはお前の望みじゃない。それはなあ、馬鹿野郎の独りよがりの望みだ! 自分はこの世界の異物だからって、自分の命を軽く見ていた大馬鹿野郎の望みなんだよ!」


 高ぶる感情が抑えきれず、ソラノに向かって怒鳴りながら目尻が熱くなる。

 シルトを庇って刺されたあの夜、多分何があっても俺はあれと同じ事をしたと思う。けれど、あれが正しい事じゃなかったのは今日までの事で痛いほどわかった。

 俺が死んでも変わらない、失うモノはない。ああくそ、そんな思考に浸っていた馬鹿野郎の責任なのだ。俺がいなくなって、失うモノも、変わるモノはある。ここにある。

 ソラノは、目を見開いて固まっている。胸倉を掴まれているというのに抵抗はなく、ただ俺を見詰めていた。

 今俺は、自分の身勝手さにムカついて、それを背負ってしまったソラノに怒っていた。けれど怒りの中でも生まれた気持ちがあった、それをしっかりとソラノに伝えなくてはいけない。

 怒りで熱くなった頭を冷やそうと深呼吸をする。そして、一度目蓋を閉じてから俺はソラノの瞳を覗き込んだ。


「ソラノ」

「……っ」

「ありがとうな」


 涙を堪えながら、俺は口角を吊り上げた。結局の所シルトが一番辛い時に傍にいれなかった。その時に、俺の代わりに傍にいてくれたのはソラノなのだ。俺の言葉に、ソラノの唇が薄く開く。


「っ、あ……」

「今まで、シルトを助けてくれてありがとう。けれど、もうやめろよ────そんなつまらなさそうな顔しないで、笑ってみた方がいいだろ」


 その瞬間、見開いたソラノの瞳に小さな光が戻る。そして、その瞳がゆっくりと濡れていく。それが雫になり頬へ流れ落ちていく。ぼろぼろと零れて止まらない。

 開いた唇からは、俺の名前が繰り返し呟く。それが俺の名前か、タカユキの名前か。それはわからなかった。ただそのまま地面へ崩れ落ちるように座り込んだ。俯き、その肩は震えていた。

 そこにはさっきまでの、憎しみに満ちた姿はどこにもなかった。俺は、ただその姿がとても悲しく思えた。もうソラノが暴れる事はないだろう。


「頼む、教えてくれ。シルトに処方した香について」


 ソラノは、暫くは反応せずにじっとしていた。少しして、その腕がゆっくりと動く。そしてその指先が示したのは、ソラノの屋敷だった。


「っ……俺の、部屋だ。そこに…………使用した葉の、書いた紙がある」


 それを聞いて、俺はヴェルグ達の方に振り向く。すると、ヴェルグがしっかり頷いたのを見て、しっかりと二人にも届いた事を確認した。後は屋敷に入って、それを手に入れたら全て終わりだ。

 俺は、細い息をはく。ふと上を見れば二つの月は先程同じく浮かんでおり、それは俺から見ても憎らしい程に変わらない姿だった。

 きっと、ソラノはシルトに害を与えたい訳ではなかったのだろう。これは、どうしようもない、歪んで変わってしまった優しい気持ちが生んだ結果だった。

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