第3話 賢人

 賢人とは、神の声を聞けると言われている特別な角持ちを差す言葉だ。


 その内容は予言だったり、忠告だったりする。それを必要な時に代弁するのが役割だ。それは代替わりしていく役割らしく、先代が死ねば次代の賢人がそれを引き継いでいく。賢人の聞く力は歳を重ねるごとに衰えていくので、消える前に次代を探す。そこに血筋は関係がない。

 それがシルトから聞いた賢人の話だ。


 因みにソラノは三本角らしい。見た目はほぼ一本角だが、角に巻き付いてねじれているように見えるソレが二本の細長い角だそうだ。賢人はああして一見にして判別出来ない角が特徴だそうだ。


「因みに、先代の賢人は首を落とされた」

「は?」

「私が四本角で生まれると騒いだ為にな。偽りを語ったと先代皇帝の怒りをかって首を落とされた、まあ真実を言っていたのだが」


 下らないとばかりにシルトは鼻で笑う。それはどちらに向けての笑いだったのか、俺にはわからなかった。

 結局ソラノはシルトに従って、あれ以上何かを言う事なく話し合いは終わった。現在は日はすっかり落ちて夜、ソラノは今頃用意された部屋にいるだろう。俺とシルトは、寝室にて今日の出来事について話をしていた。俺はベッドの中心に胡坐で座り込み、シルトは端に腰をかけていた。

 相も変わらず周りは黒の内装だ。ある日、趣味の悪いこの内装をやめろと言った所、俺が望む色があるならばそれに変えようと言い出した。つまりは俺の一存でこの豪勢な部屋の内装が変わる訳で、それは一般人である俺には流石に決めづらい。だから未だにこのままなんだが、絶対にどうにかしてやる。


「つまり、その次代がソラノなのか?」

「そうだ」


 俺は腕を組んで考えこむ。つまり、シルトが生まれた位にソラノは賢人になっていたという訳だ。そうなると昔あの場所で看守として働いていたのは、もしかしてシルトに会う為だったんだろうか。

 ただ神様の声、というのが俺にはどうにも胡散臭いと感じる。神様の予言とやらを伝えたのに、先代の賢人は殺されてしまった訳だしな。というか先代賢人も実は後から生えてくるんですって、言えなかったのかねえ。

 それにしても、ソラノは一年振りと言っていた。つまり最近までシルトと交流があった訳だ。


「つか、お前らいつの間にそんなに仲良しになってたんだよ。俺にも言えよ」

「断る」

「いや、なんでだよ」

「ソラノとタカユキは距離が近すぎる。タカユキはもう私のモノだ」


 やっぱりそれか。流石にソラノと僕どっち! とか言い出していない辺りは成長したといえるのかもしれない。それでも、シルトはどこか面白くなさそうにしているのを隠そうともしていない。

 今までの話を含めて考えると、ソラノの提案は神様のお告げという事になる。よくわからんが、いるかも知らん神様が俺を調べるべきだとソラノに伝えたという事だ。それがどういう意図なのか誰にもわからない。なんかややこしい事になってんな。

 だからこそシルトは、あの提案を突っぱねる事が出来なかった訳だ。実際シルト自身が予言通りの四本角になったのだから、その信憑性は限りなく高い。もし調査を断れば、俺の身体に何かが起こるかもしれない。


「とりあえず、それなら調査ってやつに付き合うしかねえわな」

「……嫌だ」

「嫌だ、って……あのな」

「分かっている。もしもの事を考えるならばソラノに任せるべきだ。しかし、調査はここではなくソラノの屋敷で行われるはずだ。あそこにしかない薬草や器具も多くあるからな」


 それには俺も驚きを隠せずに目を丸める。え、ここじゃねえのか。俺としてはここで適当な身体検査的なもんで終わると勘違いしていた。そうか、そうなると流石にシルトはついてこれない。誕生祭が近い為もあるが、威圧の制御はマシにはなったがまだ甘い。そんな状態で王城から出る訳にはいかないだろう。

 シルトは、自分の手を重ねながらぎゅと強く握り締める。ここから見えるその横顔は、眉間に皺が寄り何かを耐えている表情だ。


「頭では行わなければならない事を分かっている。だが、私はタカユキと少しでも離れたくない。もう……十分に、離れた」


 俺は、すぐに言葉を返してやれなかった。

 基本能天気で前向きだけが取り柄な俺とシルトは違う。コイツにとって俺が居なかった時間の方が当たり前で、それはとてつもなく苦しいもんだった。あの時とは違うと知りながらも、俺が視界からいなくなるとその時の感情を呼び起こすのかもしれない。もしかしたら見えなくなる度に、俺が死んでいるのかもしれない、とそんな恐怖に囚われていたりするんだろうか。

 自分の黒髪をぐしゃぐしゃに掻き乱して、息を吐く。その吐息は自分自身への呆れだ。ったく、一応年上が聞いて呆れる。

 俺は、腕を伸ばしてシルトの肩をぐっと掴んで引き寄せる。すると、シルトの上体が後方に倒れてベッドに沈む。その頭は丁度、俺の膝に乗る形となった。シルトの顔を上から覗き込んだ。


「シルト」


 俺の膝を枕にして、シルトがこちらを見上げる。何故俺に引っ張られたのかわからないのか、瞳は丸くしている。それには思わず口許が緩んだ。その頬を撫でてから、俺から唇を重ね合わせた。一、二度啄んでから離れる。


「ずっと傍にいる。俺達、これから飽きるくらい一緒にいるんだろ。その中の一瞬だ。それに俺は約束は守る、知ってるだろ」


 その白銀の髪を緩やかに撫でる。黙って瞬きだけを繰り返していたシルトが、俺の瞳を覗き込む。そして少しの間を空けてから、ふっと息を零して眉を垂らして笑った。少し困ったような、それでいて幸せそうな笑顔だった。

 頬を撫でる俺の手に、擦り寄るように顔を傾ける。それが甘えているようで、最高に可愛くて、俺の心臓がぎゅと締め付けられる。やっぱり天使。暫くは黙っていたシルトだが、突如身体を起こして反転させる。


「わかった。ソラノに調査を許そう。だが、肝心な所を理解していないように思える」

「……え? 肝心な所?」

「昔からだが、タカユキは一度懐に入れた人間には極端に甘い」


 ぐっ、それはよくカートに言われてた。そう言われても、正直無自覚に近いのでそう簡単に治せるもんではない。大体どいつもこいつも疑っていたら、それこそ疲れるというもんだ。

 シルトは、俺と向かい合うとベッドの上を這って更に近付く。そのまま肩を掴まれて、俺の心臓が跳ねる。ぐっと力を掛けられて抵抗も出来ずに、ベッドに仰向けで転がった。そこにゆっくりとシルトが覆い被さってくる。言うなれば獲物を食らおうとする獣のように四肢を使って、圧し掛かる。あれ、獲物は俺か。


「だからこそ、ソラノに会わせたくなかった。理由がわかるか?」

「え、えーと、あの」

「タカユキ。私とソラノ、どっちが好きだ?」


 その声は、やけに落ち着いた低い声だった。昔を真似た言葉の中、俺を見下ろすシルトの瞳は暗く沈んでいた。それは覚えのある闇を煮詰めたようなどろどろの色。背筋がぞわりと震えて、俺は遅れて気付く。

 もしかして、嫉妬しているのか? 俺とソラノを会わせたがらなかったのも、話題すら出さなかったり、調査を渋っているのも全部嫉妬もあるのか。俺は驚きから、返答を忘れて呆ける。

 幼い頃から幾度かこういう風のシルトは見た事があるが、それは家族や友人にある軽めの独占欲からだと思っていた。今は世にいう恋仲で、つまりはそういう意味の嫉妬をされているのだ。そこまで辿り着くと、段々と頬が熱くなっていく。あ、だめだ、何か喜んでる俺がいる。くそ、だから恋を初めて知ったガキか。

 しかし、ここで喜んでいる場合ではない。問いかける雰囲気が異様だ。ここで返答を間違えれば、きっとソラノの調査に協力出来ず、金も得られない。シルトが本気で決めたらそれを止められる人間は、どこにもいないのだ。軽く息を整えてから、立ち向かうかのようにその顔を見詰める。


「あのな。お前とソラノを比べるな。好きの場所が違うだろ」

「場所?」

「そうだよ。だから、お前は……愛してる、だろ? そこには、お前しかいないんだよ」


 改めて口にすると少し気恥しくなり、語尾は小さくなる。それでもシルトにはしっかりと伝わったようで、暫し黙って俺を見詰めてからその唇を俺の角に押し当てた。小さく肩が揺れる。この角に触れられる感触はどうにも慣れない。変に敏感なんだよな。

 しかし、先程までの剣呑とした雰囲気は緩んでおり、どうやら俺は返答を間違わずに済んだようだった。ほっと安堵の息を零した瞬間、するりとシルトの指先が衣服に入り込んで脇腹を撫でる。

 それには思わず身体がびくんと跳ねる。


「おまえ、ッ!」

「身体にもしっかりと残しておきたい。私もタカユキを愛しているから」


 耳元で囁きかけられる言葉に反論の言葉は頭から消えていく。なんともズルい言い方をするものだ。顔が熱い。熱に思考が焼かれていくと知りながらも抵抗はせず、シルトに身体に両腕を回した。俺もシルトを無性に甘やかしたくなったのだから、仕方ない。

 すると、シルトが甘く蕩けて笑うもんだから、とどめの一撃だ。


 ああ、今日のシルトはきっといつもより絶対にしつこい。そんな予感がする。明日はまともに動けるだろうか。唇を開いて、シルトの舌を迎えながらそんな心配も熱で溶けていった。

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