第2話 意外な訪問者

 結局の所、昼食を抜いてまで探し続けたけれど刺繍が見つかる事はなかった。


 また隙を見て探しに行くつもりだが、別のプレゼントを真剣に考えた方がいいだろう。もし全てが駄目だった場合は、最低最悪の手段として『俺自身がプレゼント』をやるしかない。嫌だ、絶対にやりたくねえわ。だからこそ、絶対にどうにかしなくてはいけない。


 あれやこれやと考えながらも俺が今いるのは、玉座の間だ。俺はその壁の一部になるように立っている。

 数段しかない階段の上にある玉座、そこに堂々と腰を掛けているのはシルトだ。黙ったまま正面を見据えている。俺も詳しく知らないが、割と上の立場の人間がシルトへ挨拶をしにくるらしい。

 なんでこんな曖昧にしか知らないのかというと、シルトが言いたがらなかったのだ。誰が来るのか? 知り合いか? どれくらいのお偉いさん? それらの質問にむすっとして答えないのだから、俺も聞くのをやめた。

 更には、この時は傍にいなくてもいいなんて言い出すもんだから驚きだ。まあ、俺が居たいんで傍にいますけども。そこは譲らん。


 少しして、玉座の間の扉が開かれる。相変わらずの豪勢な作りの扉だ。ゆっくりと開かれた大きな扉から、一人の男が現れる。髪は金色、瞳は青空のような美しい色、黒を基調にしたローブを身にまとった男。年齢は四十代辺りか。人の良さそうな顔立ちが……ん? 何だ、この顔に見覚えがあるような気がする。

 その男は、数歩進んでからその場で膝折り、胸に手を添えて、頭を下げる。


「尊い四本角をお持ちのアレスター皇帝陛下にお目にかかれて光栄です。私のようなものにこの場を与えて下さり心から感謝致します」

「……良い。今更お前の口からその様な言葉は聞くだけ無駄だ。楽にしろ」

「そうですか。でしたら、お久しぶりです陛下。一年振りとなりますでしょうか?」


 シルトが珍しく露骨にその表情を嫌そうに歪めると、男は立ち上がり優しく微笑んだ。なんというか、二人の距離が近いように思える。シルトは嫌そうにしているがそれが心からのものでないのはわかる。アイツ、本当に嫌な場合は無感情になる事が多いからな。

 男の頭には細長くねじったような形の角が一本生えている。一本角だというのにシルトに怯える様子も一切なく、どこか飄々としていた。それにしても、この男にやっぱり見覚えがあるんだよな。後一歩で思い出せそうなんだが。


「そうだな。それで何の用でここへ来た」

「冷たいお言葉ですね。もう少し私との再会を喜んでくださってもいいのですよ」

「断る。早く要件を言うといい」

「おや、悲しい事です。では、陛下。角が折れた事による不調はどうですか?」

「問題ない。折れたのは半分だ、然程の影響はない」


 折れた事による不調。今のシルトは完全な四本角ではない。俺の為に角を半分に折ったからだ。これは後に聞いた話だが、角が折れるとその分身体能力などが激減するらしい。シルトはこれでも以前より落ちているらしいが、角の熱がなくなった事と半分だけという事で不調の時とそこまで差はないと言っていた。寧ろ、スッキリして良い方らしいが。

 男はシルトの返答に少し考えこんでから、頷く。


「それを聞いて安心致しました。それではもう一つ、それについては陛下ではなく……」


 男の視線が辺りを少し彷徨ってから、俺を見るとその目線を固定させる。そして、こちらに向かって微笑むものだから俺もつられて、愛想笑いを返した。そして、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 何だ、どうしてこっちにくる? 壁の一部と化した俺の前に立つとこちらをまじまじと見つめてくる。全身を眺めた後に、食い入るように俺の頭を見ながら感嘆の声を零す。

 角を見られている。悪意のあるものでないのはわかるが、少し居心地が悪い。一時期、王城内でも味わった珍獣気分である。そうして俺に近付いている男に、シルトは瞳を細めて睨む。


「そこまでだ、離れろ。それ以上近付くな──ソラノ」


 シルトが男の名前を呼んだ瞬間、俺の頭へガツンとした衝撃が走る。そうだ、ソラノ。俺が前世で大変お世話になった新人看守。

 どの看守よりも俺達に優しくしてくれていた、あのソラノか!

 え、マジかよ。よくよく見たら特徴は昔そのままだ。しかし、当たり前だがあの時より歳をとっている。年相応の落ち着いた仕草と雰囲気が、昔との明確な差を俺に感じさせた。

 しかし、元気にしていたようで安心した。見えている所だけだが、マンバみたいに火傷の跡も見えない。あの火事と暴動だ。生きていてくれとは願っていたが、こうして生きて顔を見る事が出来て素直に嬉しい。いや、まあ、前の俺は死んだが。それでも色々話したい事があった、俺が口を開こうとした瞬間。


「タカ」


 シルトが俺を呼び止める。わざわざ今の俺の名前を呼ぶので何となく察する。誰が傍にいようと、前の俺の名前で呼び続けていたくせに。ちらりと目線をシルトへ向ける。すると、唇を一文字に結び、痛いほどに突き刺さる視線を俺へと向けていた。俺はすぐに視線をサッと逸らす。

 あれは、露骨なまでに口を開くなと俺に圧を掛けている。そこで俺はようやく思い出す。そうだ、シルトは昔からソラノを嫌っていた。いや、心の底から嫌っている訳ではないのだが、どうにも俺とソラノが仲が良いのが気に食わなかったらしい。

 付き合いはシルトよりソラノの方が少し長い。だから、牢内でソラノと軽く話す事はよくあって、その度にシルトが可愛らしく頬を膨らませていたのを覚えている。『僕とソラノ、どっちが好きなの、タカユキ!』なんて、可愛い事をよく言ってたっけか。

 もしかして、今もそれがあるのか。まさかな、シルトだってもういい歳だもんな。再度シルトの方へ目線を戻す。


「……」


 しかし、突き刺さる視線がそう語っているように思えるのは俺の気のせいだろうか。まあ、よくよく考えれば今の俺がソラノに何かを言える事もない。久しぶりだな、なんて言ったら間違いなく変人扱いだ。俺は口は開いたものの、何も言わずに大人しく閉じた。


「タカに何の用だ」

「陛下、彼のもつ黒い角の噂は私の所まで響いてきております。よろしければ、私に彼を調べさせて頂けませんか?」

「それは、としてか」

「はい、として」


 おっと、ここで含みがある単語が出てきたぞ。純粋な意味の賢人は知っているが、そうでない事はなんとなく雰囲気と察する。この事に関しては後でシルトに聞いてみる事としよう。

 シルトは、ソラノの返答に俯いてしまう。何やら真剣に考えこんでいるようだ。ソラノは、その間も俺を観察しているようで、こちらの視線も痛い。俺は視線を逸らす訳にもいかないので、引き攣った笑顔を貼り付けながら立ち続けている。マネキン人形に意志があったらならばこんな感じだろうか。


「もし協力頂けるならば、貴方にもささやかながら報酬をお渡ししますよ」

「えっ。それは、その、金銭的な……?」

「はい」


 その返答に俺の暗い世界が一気に太陽の光が差し込んだような衝撃を受ける。よくわからんが、ソラノの調査とやらに俺が協力すれば金が手に入る、金だ。そうしたら、その金でシルトへのプレゼントが買えるじゃねえか。そうすれば今抱えている悩みは一気に解決だ。そわりと落ち着かない気持ちになるが、


「……タカ」


 シルトの咎めるような声に肩が跳ねる。しかも、その言い方が少し寂しそうな感じだから俺の心臓に刺さるものがあるのだ。うっ……コイツ、わかってやっているな。こうなると、それ以上ソラノの話に乗る気になれず、俺は愛想笑いを継続させるだけとなった。


「ソラノ。その件については時間が必要だ。今日はこちらで部屋を用意する。そこで休むがいい」

「ありがとうございます、陛下。その温情に深い感謝を」


 そこまで来てソラノは俺から離れて、シルトへ再度膝を折った。こうして、昔懐かしい三人が昔とは全く別の状況で出会う事になったのだ。

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