後日談

第1話 危機

○ 本編完了後のおまけのような、長めの後日談です。軽い気持ちで読んでやってくだされば嬉しいです。



​───────




「なんでだよ、くそ!」


 焦りから声は自然と大きくなる、苛立ちを紛らわすように自分の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。


 俺こと、前世タカユキ、今タカは、この歳になるまで波乱の人生を歩んできたと思っている。そんな人生の中で一番の危機を今迎えていた。

 そうだ、シルトと出会い、再び笑い合えるようになるまで沢山の出来事があった。異世界に飛ばされたら奴隷になったり、奴隷になったら腹を刺されたり、転生したら孤児だったり、また奴隷になったらケツを弄られて、錯乱したシルトの前に飛び出したり、人質をとられたり焼かれそうになったり毒殺されかけたり……前言撤回しよう。五番目くらいの危機を今迎えていた。

 俺がいるのは、自室だ。ふかふかなベッドがあり狭苦しいが愛着のある自室内で、俺は一人で頭を抱えていた。


「なんでないんだよ……あーまずいよな、コレ」


 額に汗を滲ませながら必死に探したのだが、目的のものはどこにも見当たらない。かなり狭い室内だ、探せる場所は限られている。それら全部を数回繰り返し確認するほどに探し回っても、それは見つからなかった。駄目だ、どこにもない。落胆から全身の力が抜ける。そのままベッドに向かい、崩れるようにうつ伏せで倒れ込む。ベッドのふかふかな感触を味わいながら、低く呻いた。

 この事態に気付いたきっかけは、今朝の事だった。




 ◆◆




『それで、タカユキは私に何か用意をしていないのか?』

『へ?』


 朝日が差し込むシルトの寝室内、シルトは椅子に座り俺がその背後に立つ。それは俺がシルトの髪を束ねているからだ。シルトの髪は火事の一件でバッサリと切り、かなり短くなった。とはいえ、肩にかかる程の長さはまだある。それを俺が結ぶのは、今や当たり前の事となっていた。

 別にこの長さなら結ばなくても問題ないのだが、シルトがそれを望むのだから仕方ない。シルトの可愛いお願いを断る事なんて、俺に出来るはずもない。

 そんないつもの光景の中で、突如切り出したシルトの言葉に俺は首を傾げた。用意? 何の?


『あと、十日で私の誕生祭がある』

『そうだな』


 流石にそれを忘れたりしない。王城内の忙しさは前より増しているし、城内が普段より磨かれている。そして、何よりもシルトの誕生日なのだ。俺は頷きながらも、まとめた髪を紐できつく結ぶ。

 今日はシンプルにポニーテールといこう。若干毛先が乱れているが、俺にしてはなかなかの出来だといえる。うん、悪くねえだろコレ。満足感から口許は緩む。しかし、そんな俺と打って変わって不機嫌さの滲む声が俺の耳に届く。


『……私の誕生祭だ』

『おう』

『……』


 淡々とした俺の反応に、ついには黙り込んでしまう。それには、口許を押さえて笑いをかみ殺す。これは間違いなくシルトは拗ねている。質問の意図なんて、誕生祭の話が出た時点で気付いている。こういうシルトの反応が可愛くてつい勿体ぶってしまっただけだ。

 しかし、シルトはまだ威圧の制御が甘い。あまり不機嫌にすると後々問題になってしまう可能性がある。いかん、程々にしなければ。

 そう思うも、緩んだ口は隠しきれない。ニヤニヤと笑いながら、正面に回る。だが、それ同時にシルトの腕が伸びてくる。あっ、という間もなく俺の襟髪を撫でるように掌が回って引き寄せられる。そして座っているシルトが下から唇が啄むように重なる。ちゅ、と微かな音を立て離れていく。そして、シルトは口角を吊り上げた。


『タカユキは、少し不機嫌な私が好きだからな。こうすればすぐにこちらに来てくれる』

『……』


 撤回する、あんまり可愛くない。

 どうやら結局の所はシルトにしてやられた状態らしい。シルトへ咎めるような視線を投げると、眉尻を垂らして微笑む。それを真正面から食らえば結局の所、俺はお手上げだ。肩を竦めて、負けを認めるとする。最初に意地悪をしたのは俺だしな。シルトが用意しているのか、と聞いたそれは誕生日プレゼントの事で間違いないだろう。

誕生日プレゼント。その言葉で思い出すのは見ているだけで謝りたくなる、あの不細工な刺繍だった。用意……しているといえば、していたものがある。しかし、果たしてあれを渡していいのだろうか。俯いて暫し考える。


『もしかして、何も用意をしていないのか……?』

『ば、馬鹿。あるに決まってんだろ』


 シルトの落胆が滲んだ声で、反射的に顔を上げて答える。答えてから、しまったと気付いてしまうが出た言葉は無かったことにはならない。シルトが落ち込んだ様子を見たくなくて、つい答えてしまった。シルトといえば、俺の言葉を聞くとわかっていたと言わんばかりに満足げだ。何でだよ。

 しかし、ここまで来たのなら引くのも情けない。こうなれば腹を括るしかないだろう。俺は自慢げに胸を張り、精神的に年上の威厳を見せようと見栄を張る。


『お前がびっくりして震えるくらいの贈り物があるから、楽しみにしとけよ』

『ああ。どんな物よりも楽しみにしている、タカユキ』


 言ってしまった。ある意味びっくりして震えるくらいの出来ではあるので嘘はついていない。


 しかし、この時の俺はすっかり頭から抜けていたのだ。

 あの刺繍は、完成した後にベッドに置いて王城から出て行った。その後のゴタゴタで、今の今まですっかりその存在すら忘れていた事を。

 最近の俺はシルトの寝室で寝る事が多くなり、自室に戻る時間もほぼ無かった。たまに戻った時でさえ、その刺繍がどこへいったかなんて一度だって考えなかった。




 ◆◆




「なんでねえんだよぉ……」


 ベッドに沈みながら我ながら情けない声が出たと思う。昼食時間に、急いで自室に飛び込んで探し回ったが俺がここに残したはずの刺繍がどこにもない。あの不細工なミミズ達をどれだけ探しても、一向に見つからないのだ。これはまずい、とてもまずい。

 シルトに向かってあんだけ見栄を張っておいて、今更誕生日プレゼントは何も無いです、とは言える訳もない。また刺繍を縫うにも圧倒的に時間が足りない。あの時は、ユキトの一件で出来た一週間の休暇で作ったものだ。今の俺にはそんな時間がある訳もない。

 それでは、何か別のモノを買って贈ろうとも考えるが、俺は一文無しである。シルトにいえば、お小遣いくらいはくれそうだがそれは何か違うし、情けない。これでも年上なのだ、これでも。


 こうして俺は、文無しがシルトの誕生日までにちゃんとしたプレゼントを用意するという人生で五番目くらいの危機に陥っていた。

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