第27話 君の傍で
こうして何故か一本角となった俺だが、そのお陰で変わる事もあった。俺は無事王城へ戻る事になったのだが、使用人たちの見る目が一変した。
黒い角というのは、今まで存在した事がなかったらしい。ただの一本角とはいえ、その色の珍しさに触らせて欲しいと言われたりする程である。なんか、珍獣扱いで嬉しくない。それでも前よりは扱いがマシになって、やはりこの世界で角の価値を改めて認識する事になった。
何故角が生えたのか、その理由はわからない。角が生えたといっても、何故か本数による圧力を感じる事もない、そこは角ナシと変わらないのだから更に不思議である。それでも、俺の日常は戻ってきた。体力も戻って、足も問題なく動くようになった。
セフィルはあの後どうなったか、それに関して俺は詳しく聞いていない。これは俺が首を突っ込んで聞くものではないだろう、シルトが話してくれるのを待つつもりだ。
ラントについては、シルトが力加減なく投げ飛ばした為かかなりの重傷ではあったらしいが、命に別状はないらしい。現在は治療中であり、それが終わり次第刑が言い渡されるという事だ。
……ラントは、道を間違った俺自身だと思っている。この世界で角ナシに生まれ、生きるというのは本当に酷いモノだ。そこに手を差し伸ばしてくれる人がいたら、きっと誰でも縋りつきたくなる。俺には、マール母さんがいた。でも、もしそれがセフィルだったら? 記憶のなかった時の俺は間違わずに生きていけたのだろうか。……そんなもん、誰にもわからない。
「おーい、タカ!」
俺は、呼ばれた名前に反応して振り返る。今、俺がいるのは中庭だ。中庭を埋めつくしている黒い花達は元気に咲き誇っている。ここの世話をしていた主の事を考えすぎてしまっていたようだ。いかんいかん。
振り返った先には、ヴェルグがこちらに手を振っている。あれ、なんでコイツここにいるんだ。確か今日、シルトの警護はヴェルグが担当だったはずだ。流石に持ち場から離れるのはまずいだろ、仕事しなさいよ。ヴェルグは、早足で俺の傍へと歩いてきた。
「何してんだよ、ヴェルグ」
「それは俺の台詞だ! お前がなかなか戻ってこないって、陛下が心配してんだよ」
なかなか帰ってこないって、用を足しにいっただけだろうが。帰りに少し寄り道はしたけれど、自分の警護を一本角の俺なんかに回してどうする。まあ、絶好調であるシルトに勝てるヤツはこの世界にはどこにもいないだろうが。しかし、最近のシルトは俺に対して馬鹿みたいに過保護でいけない。近衛騎士を俺の護衛につけると言い出した時も全力で拒否をした、流石に色々と問題がある。呆れて溜息が出てしまう。
「わかったわかった、戻るよ」
「そうしてくれ。お前がいないと陛下の威圧が強いんだよ」
「……」
それを言われると俺にも責任があるので、ちょっと罪悪感を覚える。シルトは、ついに角の熱から解放される事となった。因みに毎晩性行為してるから、ではない。むしろ俺がタカユキだとわかってからは一度もしていない、キスすらもしてない。ただ俺が傍にいるだけ、それだけで解放されたというと、わかる人にはわかるだろう。
つまりシルトは、俺が傍にいるだけでめちゃくちゃ嬉しいのだ。それこそ角の熱がすぐに発散されるくらいの好感情で満たされている訳だ。
シルトは、四本角になった時から常に熱を溜め続けていた。今の今まで不調を基本に生きてきた。それがなくなった事によって、今のシルトは正気でも威圧の制御を上手く出来ていない。
少し機嫌を損ねるだけで、二本角には立っている事も出来ない程の威圧を与えてしまう有様だ。これには関しては、うちのシルトがごめんねえ、というしかない。フランシアさんも大迷惑である。
ここはフランシアさんの為にも急がなくていけない、俺は駆け足気味でシルトの元へと急いだ。
───────
少し息を切らせながら、執務室の扉を叩く。因みに身体能力に関しては全く変化がなかった。二階から飛び降りても平然と出来る力が欲しいもんだ。
ノックをしたが、相手の返答を待つ事なく扉を開く。かなり失礼だが、緊急事態だ。扉を開くとまず目に飛び込むのは、大きな本棚だ。入口から見て正面には本棚があり、その手前に革張りの椅子が一つ。そこにシルトが座っている。
シルトの前には、これまた綺麗な細工がされた執務机が置かれていた。後はソファと机が置かれて、機能性を重視した内装といえるかもしれない。シルトは、執務机に置かれている書類には目もくれず入ってきた俺の方をじっと見詰めている。あ、これは拗ねてるなコイツ。
「只今戻りました、陛下」
「何度言えばわかる、タカユキはシルトでいい」
「はいはい」
シルトでいいと気軽にいうが、この王城でお前を呼び捨てにするのは俺だけなんですよ。この意味わかってんのかコイツは。
中に入ってしっかり扉を閉じる。そして、先ほど同じようにシルトの傍に立っているだけのお仕事を開始する。前は俺がいる意味があるのかと思っていたが、今はやりがいのある仕事へと変わった。しかし、シルトは一向に書類へ目線を戻す事はなくて、いまだに俺を黙って見詰め続けている。
「な、何だよ」
「どこに寄り道をしていた?」
「……いや、別にどこにも」
「タカユキ」
シルトは、椅子から立ち上がると俺の方に近付いてくる。なんだ、なんだ。そして俺の前に立つと、俺の頬を掌で挟むように触れる。顔をゆっくりと近付けてくる、それは今にも唇が触れそうな距離だ。眉を垂らして、少しだけ重たそうに瞬く。それがどこか悲しそうに見えて、俺は思わず小さく息を呑んだ。
「教えて欲しい」
そうして小さく囁く。コイツ、絶対わかってやってるだろ。俺がシルトに弱いのは、シルト自身もよく理解している。シルトは大変頭が良いので俺に対する自分の使い方も上手い。そして結局、シルトに弱い俺は負けを認めるしかないのだ。悔し気に睨んでみるも、シルトはその表情を変える事は無い。あーチクショウ、負けだ負け。俺は肩を落として、諦める。
「……中庭で、考え事を」
「ラントの事か」
その名前に思わず肩が揺れる。その様子を見たシルトはすぐに眉を顰めて、露骨に忌々しいという顔に変わる。そこに先ほどの弱弱しい有様はどこにもない。ああわかってたが、やられた感がすごい。
それにラントの事というと少々語弊があるかもしれない。正確には、角ナシというか、俺自身の事というか。どうにもこの件に関して伝えづらくて、言い淀んでしまう。すると、シルトは何故か突如俯いてしまった。
「……タカユキは、ラントの事を愛していたのか?」
「は?」
いや、何故そっちにいった。その言葉は予想外過ぎて、開いた口が塞がらない。どうしたら人質を取られて、ナイフで殺されそうになった男を愛せるんだよ。とは思うが、昔は仲良くしていた訳だからそういう勘違いも仕方ないといえるのか。でも、俺はシルトの事が好きなんだし何でそんな勘違い……ん?
そこで俺はふと気付く。そういえば、俺シルトに好きだと伝えてないんじゃないか? いや、大好きとかは言ったが、そういう意味で好きだとは一度も本人には伝えていない。あれ、もしかして、最近シルトが俺に触れてこないのはそういう事か? それに気付いたら、頬に熱が集まっていく。
「やはり、そうなのか」
「ちが……っ」
真っ赤になった俺の顔を丁度見たのだろう、顔を上げたシルトが唇を辛そうに結ぶ。その瞳には、仄暗い歪みがみえる。そして、それが俺を捉える。シルトは俺の顎を乱雑に掴むと、唇が重なる。それは苛立ち混じりの強引な口付けであったが、俺にとって久々の熱だ。ぬるりと入る舌が口内を弄るだけで、背筋にぞくぞくとした感覚が這う。馬鹿みたいに素直に口を開いて、唾液を呑み込む。これだけで、やばい。だが、待つんだ俺。ここで馬鹿になっている場合じゃない。
俺は、シルトの髪を軽く掴んで引く。そうすると、少し時間はあったがシルトは唇から離れた。
「っは、この、いいか、よく聞け」
「……タカユキ?」
「その、お前が最近、触れなくなって……困ってるんだよ。前までほら、熱の発散を手伝ってたから、身体が、その、だから」
「…………」
どうにか誤解を解きたくて必死に言葉を探すが、何故か明後日の方向へ話が飛んでいるような気がしている。違うだろ、なんの話をしてんだ。いや、確かに全然そういう感じにならなくて困っていた。そりゃ肉体はまだ精力が有り余っているというか、だから言っている事は嘘ではない。しどろもどろになりながら、それでも心臓はうるさく高鳴っていて。自身の胸元の服をぎゅっと掴んだ。
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