第24話 見慣れた顔

 門番が立っていた鉄製の門近くに、豪勢な馬車が止まっている。黒に染まった外装と窓付の馬車だ。あんな高級そうなヤツに乗るのか、と少し気が引ける。とはいえ、俺としてもシルトと帰れるならば文句を言うはずもない。そのまま近づくと待機していた御者が馬車の戸を開いて、シルトが俺を中へ運ぶ。内装も豪華だ、座席のクッションはふかふかで座り心地も良さそうに見える。

 そして、シルトは俺を抱えたままそこに座った。それは、待て待て待て。


「さすがに下ろしていいかと思うんですが」

「このままでいい」


 全然良くないわ。そんな俺の気持ちが通じたのか知らないが、ガルムが馬車の戸を開いて顔を覗かせる。ガルムは開いた瞬間、まだ抱えられている俺を黙って見据える。そして珍しく、その口許を緩めた。その笑顔は小馬鹿にしているとかではなく、何処か安堵しているようにも見える。だが、今ここで笑うのは許さん。俺が睨みつけると、すぐに視線はシルトの方へ向く。


「陛下、どうやら屋敷から確認して欲しいものが出てきたと報告がきております」

「そうか、わかった」

「ちょ、ちょっと、待ってください」


 何が出たか知らないが、当たり前のように俺を抱えて馬車から出ようとするシルトに俺は堪らず声を出す。このままだとまたお姫様抱っこされたままで、彼らの前にさらされ続ける事になる。

 それはもう勘弁してほしい。さっきの時間だけでもう十分だ。俺はシルトの衣服をぐいと強めに引いてから、激しく首を左右に振った。


「お、俺はここで待ってますから、大丈夫ですから!」

「しかし……」

「大丈夫です、それに疲れたのでここでゆっくりしたいのです」


 どうあっても俺を抱えていたいのか渋るシルトを必死に説得する。余程置いていくのが嫌らしく、今度は黙り込んで無言の圧力で俺を負かそうとする。しかし、これは譲れない。少しだけ眉を垂らして見詰めると、溜息をつく。そして、シルトは俺を座席へ慎重に下ろした。うお、本当に座席はふかふかだ。俺のベッドよりも心地よいかもしれない。

 シルトは、俺に手を伸ばす。それには慣れたものなので、そこに俺から顔を寄せる。そうすると、割れ物にでも触れているのではないかというくらいに優しく、俺の頬を撫でた。あれ、髪じゃないのか。


「すぐに戻る」


 俺が頷くとシルトは馬車の戸を閉めて外へと出ていった。馬車内に一人きりになって、少しだけ安堵する。さっきからアイツの俺を見る目が、甘く蕩けていてどこか落ち着かないのだ。

 王城内にいた際は、感情の起伏が薄かった。シルトが感情を乱すのは、大体が前の俺に関する事だけだったはずだった。なのに、なんだあの顔。思い出すと顔が熱くなる。小さく呻くと俺は座席の背もたれに体重を預けた。

 しかし、本当に疲れた。気になる事はあるが、一段落といっていいだろう。そう思えば全身に疲労感が襲う、それに逆らう事はせず目蓋を閉じた。シルトが戻ってきたら、馬車内は二人っきりだ。その時に全部話してしまおう。そんで、俺はシルトに…………。

 キィと戸が軋む音がする。それにハッと気づく、少しの間意識が飛んでいた。誰かが馬車の戸を開いた、シルトか? 少し早い気もするが、素早く終わらせたのかもしれない。俺は、目を開いてそちらを見る。


「おかえ……」


 言葉は、最後まで続かず消えた。


「──やあ、タカ」


 そこに立っているのは、茶髪の角ナシ。悪意の欠片が一つもないような爽やかな笑顔を俺に向ける。戸を開いて、望まれていない侵入者は馬車の中に踏み入る。しかし、俺の目はある一点に集中する。見るのはそいつの笑顔でも、周りの状況でもない。その手にしっかりと握られた、鈍い光を放つもの。それはナイフだった。


 そう、同じ角ナシのラントが、ナイフを持ってこの馬車に入り込んできた。


 瞳を見開いて固まる。心臓の鼓動がうるさい。すぐにわかった、コイツは俺を殺す気だ。全身の肌が粟立ち、俺のすぐ後ろに死の気配が近付いているように感じる。笑うラントと向かい合って、お互いの時間は止まったようだった。一瞬だ。その一瞬を逃したら、俺は死ぬ。知らずに息も荒くなって、じわりと額から汗も滲む。

 それは何の前触れもなかった。突如ラントの身体が揺れた瞬間、俺は上体を起こしてそちらへと手を伸ばす。それは、ほぼ反射的なものだった。

 ラントはナイフを振りかざし、俺に覆い被さる。その腕を必死に伸ばした手で掴み、俺とラントは座席の上で重なるように倒れた。俺はラントに敷かれる形で、こちらに振り下ろそうとするナイフを持つ腕を全力で掴んで押しとどめていた。


「お前が、ッ! お前さえいなければセフィル様はッ!!」

「……ッ、や、やめ、ろ! ラント!」


 ラントはその瞳から涙を流して、俺を射殺す程に睨みつける。そこには俺への殺意しかない。口で何を言っても通じる事はもうないだろう。ラントは、きっとセフィルを助けにきたのだ。その為に王城から逃げ出しここまできた、けれど屋敷は燃えてセフィルは既にいなくて牢送り。その恨みが全て俺に向いている。

 まずい。体勢的にラントが完璧有利だ。今の俺には体力だってもうない。足がまともなら蹴り飛ばす事も出来ただろうが、今は無理だ。互いの腕が震えているが、少しずつナイフの刃先が俺の顔に迫っていた。


 これは時間の問題だ。このままじゃ俺は、死ぬ。

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