第23話 謝罪と許し

「こちらは、どうだ?」

「痛っ!」

「……右足は骨までいっているかもしれませんね。左足は問題ありません、陛下」

「そうか」


 セフィルが連れて行かれた後、俺がシルトに抱えられて向かったのは見知らぬ近衛騎士の前だ。彼は、応急手当くらいは出来るようで俺の足に包帯巻いて固定してくれた。彼が診たところ右足は骨が折れているか、罅が入っているようだが、左足は打ち身くらいだという事だ。それは良かった。すごく良かったんだが。

 何故シルトは未だに俺を抱えたままなんだろうか。俺の足を診て貰っている時でさえ、抱えたままで絶対に下ろそうとはしなかった。そんな状況に出くわしても顔色一つ変えなかった目の前の近衛騎士くんも凄いけどね。因みに、カーテンは手当てに邪魔だったので、それからは解放された。

 手当てが終わり、シルトはまた俺を抱えたまま動き出す。次には屋敷の消火の指示を飛ばし、それに従って騎士たちが動き出す。思った以上に燃えてしまっている、このまま放置する訳にはいかないので当然といえば当然だ。燃やした犯人はここにいる訳で、張本人である自分がそれに参加出来ないのは心苦しい。この足では邪魔になるだけだ。


「あの、もう下ろしてくれても」

「断る」


 即答である。適当に投げた球を、何故か剛速球にして投げ返されたような言葉に、俺は口を閉ざすしかない。騎士たちが周りに火が燃え移らないよう木々や障害を壊して、水をかけてと懸命な消火活動をしている。俺とシルトは少し離れた場所でそれを見守る。俺達の間に会話はない。ただ黙って見ているだけだ。

 暫くは、沈黙が続く。けれど、俺にはシルトに伝えなくちゃいけない事がある。沢山ありすぎて困るが、まずはこれだけは言わなければ。


「……申し訳ありませんでした。その、色々と俺」

「事情は聞いている、お前が謝る必要はない」

「え?」

「今朝方、王城にある商品を売りに男が来たのだ。そいつはフランシアと顔見知りでな」


 その男は、人を売りに来たといってフランシアさんづてにシルトへ交渉してきたらしい。しかし、売りに来たといってもそれを本当に売るかどうか、それはシルトの出方次第という、やけに上からの商談だった。その商品は、黒髪の角ナシ、名前はタカだという。……いや、俺じゃねえか。なんで勝手に売りに出されてんの俺。

 商人が言うには、自分が売った商品がボロボロになって戻ってきた。しかし、最近噂に聞いた話ではこの商品を皇帝陛下はお探しだという。……いや、その商人カートだろ? カートだよな? 大事な商談ってこれかよ。しかし、そこまで聞いて俺は首を傾げた。


「……探して?」

「ああ、私はお前を探していた。もう一度会いたかった」

「な、何で」

「お前が私を怖いなど嘘だとわかったからだ。あんな言葉を私に言ったのも、事情があるのではないかと思った」


 シルトが瞳を優しく細める。そして、抱きかかえている俺の額に唇を押し当てた。それは優しすぎて擽ったい。シルトの話はゆっくりと続く。

 だからこそ、シルトはカートのいう商品、というか俺に食いついた。カートに俺の居場所を教えろと言ったそうだ。しかしアイツは、こう言った。

 自分の商品をボロボロにされていい気分はしていない。けれど、こうして売り込みに来たのは当の本人がここに戻りたそうにしているからだ。俺が知っている全ての事情を話す、それで今度こそタカを守ってくれるならば、この前もらった倍の値段で売ろう、と言った。最後の最後で台無しじゃねえか、ふざけんなアイツ。

 そして、シルトは今日俺がここに殴り込みにいく事を知った。本当ならば騎士団だけを送り込む予定だったが、シルトも望んでここにやってくる事になり……まあ、後はわかる。屋敷が燃えていた訳だから、そりゃびっくりするわな。


「商人から大体の事情は聞いた。だからこそ、謝罪の必要はない」

「……でも俺は」


 お前を信じきれなかったんだ。

 シルトは、酷い事を言ったのに最後には俺を信じてくれた。けれど、俺はそれを選べなかった。思わず俯いてしまう俺に、再度口づけが落ちてくる。

 頬を、額を、耳を啄むように甘い口づけが降ってくる。それには流石に耐えきれずに顔を上げる。すると唇が重なる。同時にぬるりと温かなシルトの舌が入り込む。そこまで長い時間離れていた訳ではないのに、その熱が久々で、欲しくて。俺も無意識に舌を絡めて、強請る。掌を伸ばして、その美しい髪に触れて首へ腕を回した。


「……笑っていろ、タカ。能天気に馬鹿みたいに前向きに、それがお前らしい」


 それを聞いた瞬間、ぶわりと熱が顔に集まる。やばいぞ俺、心臓がとくにヤバイ。というか精神的にはかなり年上なのにどうして恋愛面では十代なのか自分でもわからん。余裕そうにこちらを見守るシルトが少々憎たらしいが、諦めた。だって結局の所、俺はシルトにめちゃくちゃ弱いのだ。口許が緩んで、ただ素直に笑った。




 ─────




「陛下、迎えの馬車が来たそうです」

「わかった」


 ある程度鎮火出来た頃に、ガルムがいつの間にかのっそり現れて声をかける。うお、びっくりした。いつからそこにいたんだ、お前。どうやら正門に馬車がついたようだ。シルトは馬を飛ばして来たが、怪我人の俺を馬に乗せるのは嫌がった。俺としては問題ないんだが、まあ楽な手段があるならばそちらでいいか。そして、シルトは相変わらず下ろす事はせず、抱えたまま馬車の待つ正門へ向かう。はいはい、もう諦めてますよ。抱かれながら進む時に、ふっと俺は思い出す。


「陛下。ラントはどうなったのですか?」

「ラントは逃亡した」

「え、逃亡?」

「そうだ。商人の話を聞いてすぐに捕えようと人を送ったが、既にいなくなっていた。今探させているが、見つけ次第許しはしない」


 その声にはセフィルに声をかけた時のような暗さが滲んでいた。ラントはいなくなっていた。その言葉に少しだけ安心している自分がいた。王城に戻ってもラントはもういない。あれだけ脅された相手だ良い事だ。間違いない。

 わかっているのだが、とても不安に感じるこの気持ちはなんだ。ラントは、セフィルを心の底から敬愛していた。言うなれば親のように思っているだろう、それを置いて……彼だけが逃亡するだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る