第6話 彼は誰だ?

 さあ、混乱してきたぞ俺。

  名前もシルト、白銀の髪も、容姿だってシルト。けれど、角は四本あって血王と呼ばれる皇帝様だ。言うなれば、半分シルト、すごい。いや何考えてんだ俺。いかん、動揺が激しい。自分の髪を、ぐしゃぐしゃと掻き乱しながら俺は一人で廊下を歩く。

 フランシアさんとは既に別行動だ。あの後、鞭を打たれながらも、あのワゴンに乗っていた物の用途を説明して貰い、それが終わると自由行動だと放り出された。


  俺がいうのも何だが、緩すぎじゃねえのかコレ。これで二食付きなのだから、かなりの楽園といえる。ここに来る時は、どんな強制労働をさせられるのかと大袈裟に考えていたので、拍子抜けだ。

 しかし、自由時間ならば今がチャンスといえるだろう。俺は、あのシルトと思われる皇帝陛下について、もっと詳しく知りたい。俺が知ってるシルトじゃないなら別にいい、でもあいつが本当にあのシルトなら……思い出すのはあの目だ。暗く濁った瞳、何の光も映していないような腐りきった色。あんな状態でシルトを放っておける訳もない。

 だから、こうして王城に詳しい人をずっと探しているんだが、……あ。

 前方からフランシアさんと同じようなメイド服を着た女性がこちらに向かって真っ直ぐ歩いてくる。頭には二本の角がしっかりと生えているのがわかったが、俺はそちらに駆け寄る。


「あの、少しお聞きしたいことが」

「……」


 ちらりと、俺の頭辺りに目がいくと、すぐに浮かぶのは嫌悪、そして侮蔑に満ちた目線を無言で俺へと送ってくる。その冷たい目線といったら、俺の背筋もゾクゾクと震える。

 やだ、俺、ここにいたら開いてはいけない性癖の扉を開いちゃいそう。そのまま、俺の言葉は何も聞こえなかったとばかりに無視をして、横を通り過ぎていった。


 はあ、またこれか。

 先程から、これの繰り返しだ。わかっていた事ではあるが、どうやら角ナシの俺なんざとはお話さえしたくないらしい。確かに角ナシというだけで見下される事は多いが、ここでの角ナシに対する態度は明らかに異常だ。俺が角ナシだとわかった途端、誰もが俺の存在を無かったように扱う。これじゃ皇帝陛下の話なんて聞けたもんじゃない。


「困っちまったなあ……」


 溜息と共に肩ががっくりと下がる。こう思うとフランシアさんは、まともな方というべきだろうか。あの人は、俺の言葉を無視したりしないし、聞いたことには必ず答えてくれるしな。たまに、冷たい目線は貰うがそれはそれで悪くない、むしろイイ。

 いっそのことフランシアさんに聞くべきかと思うが、そうなると今どこにいるかわからないフランシアさんを探す為に、また誰かに声をかけなければならないわけで……堂々巡りだ。


 うう、唸りながら歩き続けていると、いつの間にか中庭へとやってきたらしい。多くの花や草が飾られているがどれこれも俺には見たことのないようなモノばかりだ。その、珍しさに惹かれて、フラフラとそちらへと近寄る。お、これはチューリップに似てるけれど色が……また黒かい。


「あれ」


 突如声が聞こえて、反射的にそちらへ顔を向ける。すると、そこには片手にスコップを持ち、土で頬を汚した青年が立ったままこちらを見ていた。歳は俺と同年代位だろうか、その青年の瞳は大きく、可愛らしい顔立ちをしている。茶髪で頭には……お、こりゃここにきて初めて見た、角ナシだ。


「君、新しく入ってきた子だよね。珍しい黒髪だからすぐにわかったよ、あ、ごめんね。僕は、ラント。この庭の管理を任せられてるんだ、よろしくね」


 ラントと名乗った青年は、にっこりと俺に笑いかける。笑いかけられた、俺はというと、そちらを向いたまま一瞬思考停止した。いやいや、この王城に来てから今まで散々無視されてきた訳で、そこからの、この笑顔は俺にとってはかなりの衝撃的だった。無言で、自然と速足で近くに寄ると、その肩を両手で掴む。


「お世話になっております、俺はタカって言います! よろしくお願いします!」


 かなりの必死さが見えた俺の自己紹介に、ラントの笑顔は引き攣っていた。あ、しまった、ドン引きされた。




 ◇◇




「なるほどね。駄目だよ、あの方々に話しかけるのは……僕らが声をかけてはいけない方々なんだから」


 ラントは、必死さに満ちた自己紹介にドン引き気味でも無視する事はなく、興奮する俺を落ち着かせる為に中庭に設置されていたベンチに座り俺の雑談に耳を傾けてくれるという、天使の優しさをみせてくれた。

 ラントがいうには、三本角持ちはともかく、ここで働く二本角持ちは貴族が多いらしい。貴族は基本三本角が多い。つまり彼、彼女らは三本角を持てなかった落ちこぼれの烙印を家族に押されているのだそうだ。

 それゆえに人一倍、角の本数というものに固執しているということだ。角がコンプレックスな訳か。あー、なるほど、そりゃ角ナシの言葉なんて聞きたくねえわな。


「目も合わせないようにしたほうがいいよ」


 微笑むラントは、どこか諦めたような力の無い笑みだった。その表情で、なんとなく、察する。どうやらここでの角ナシの風当たりは相当キツいらしいのがわかる。これは俺もある程度、気を付けなくてはいけないだろう。女性の冷たい視線にドキドキしている場合じゃない。


「ラントは、ここの中庭を任されているんだったよな」

「そう、ここの中庭は陛下がよくお通りになるからね」

「へえ」


 話し合ってる内に、俺とラントはこうして気軽に話せるようになっていた。なんていったってこの王城で数少ない角ナシ同士、話が盛り上がらないはずがない。この様子だとラントも一人で辛かったんだろうなあ、うんうん。

 しかし、陛下が来るという言葉で納得だ。ここの花も基本的に黒色の花が多い。何となく似た形の薔薇、カーネーション等、ほとんどの花が黒なのだ。俺としては、先程の部屋といい、少々不気味さを感じるものなんだが……ラントとしてはこんな素晴らしい中庭を任されている事が嬉しいらしい、わからん。


「でも、やっぱり陛下は恐ろしいと思っちゃうよ。あの白銀の髪、あれにはヒヤリとしちゃうんだ」


 そう話す中で、ラントの手は少し震えているのがわかる。え、髪? いや、そこか? 確かにこの世界で生まれ育った俺だが、この白銀を不吉と思うこの世界の風習には少しも理解できない。多分前世でいう、黒猫は不吉とか、四の数字が並ぶと不吉とか、そういう類のものだとはわかっちゃいるんだが、いやだってさ──、


「俺は、綺麗だと思うんだけどなあ……」


 朝日に照らされ輝く白銀の髪、それに似合うような白い肌と整った顔立ち。さっきの事を思い出しても、俺には幸せな感情しか湧いてこなかった。

 そこまで記憶を掘り返して、今自分がしようとしてきた事に気付く。そうだ、何のんきに雑談に花を咲かせてんだ俺。俺は、すぐにラントの肩を再び、ガシリと掴んだ。


「ラントは、皇帝陛下について知ってる事はないか?」

「え、え? 陛下の? な、何が知りたいの?」

「なんで皇帝になったとか、何してたとか、些細な事でもいい。知りたいんだ」


 そう、俺が知りたいのは、シルトの事だ。アイツが本当にあのシルトなのか、少しでもいいから話を聞けたら、きっと判断出来るような気がする。俺の言葉に少し戸惑うように目が泳ぐも、少しの間を空いてから出来る限り声を小さくして切り出した。


「僕が知っているのは、この王城に働いてるものなら知っているような事だけれど……それで、良かったら」


 そうして、控えめに切り出したラントが語った内容は、カートに聞いた話を、より詳しくしたものだった。


 曰く、皇帝陛下は元は角ナシであった事。王族の角ナシを恥じた父である先代皇帝により追放されたが、後に四本の角を生やし王城に帰ってきたらしい。その際に角が生えた根本から血が溢れ、白銀の髪は血で真っ赤に染まっていた。

 そして皇帝陛下は、片手で自身の父の首を飛ばしたといわれている。え、片手で首……? 武器じゃなくて? それには、かなりの衝撃を受けた。

 更に腹違いの兄に対しては、父の時より、かなり残酷に殺したという話を続けて聞いた。


「なんで、そんなに陛下は兄が嫌いだったんだ?」

「そ、そこは僕にわからないんだ。噂では王位を継ぐのに邪魔だったとか、命を狙われたとか」


 ふむ、命ねえ。けれど、今までの話をまとめるとあの皇帝陛下は、元角ナシだったということがわかった。更に追放されていた事実もわかった。これらを合わせるともう、俺の心は完璧に答えを決めていた。

 あれは、間違いなく、あのシルトだ。

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