第7話 本当のお仕事


 その日の夜。俺は、自室のベッドに腰をかけながら腕を組んで唸る。先程から繰り返し考えているのは、これからどうするのかという、シンプルな事だった。


 あの皇帝陛下がシルトである事は、多分間違いない。問題は俺が元タカユキである事を、アイツに伝えるかどうかだった。ここら辺は難しい問題だといえる。

 本当なら全てをぶちまけて、何があったらドン引きレベルの黒マニアになって、目が死んでるんだと小一時間くらい問い詰めたいところではある。けれど、そう簡単にはいかない。冷静に考えればわかる。

 俺とシルトは、兄と弟のような家族みたいな関係だった。俺の死をアイツがどう受け取っているのかわからないが、俺がシルトの立場だったとして……見ず知らずの他人に、俺は死んだお前の兄なんだ! とか言われたら、俺は迷わず無視するか、逃げる。それが、皇帝であるシルトならば、下手したら首が飛ぶ。それも物理的に。


「だとしたら、馬鹿正直に伝えるのは無理だよなあ……」


 もしかしたら、俺の死なんて、とっくに忘れてる可能性だってあるしな。

 ベッドに転がり、そのふかふかの弾力を楽しみながら眉間に皺が寄る。それらの事を踏まえて、とりあえずは今の俺でシルトの信頼を得る所から始めるべきだろう。運がいいことに俺は、シルトの世話係らしいので話す機会も多いはずだ……あれ、今日の失態でクビになってませんよね?

 そうして深い信頼を得て、シルトに、俺が言うならば嘘はないだろう、と思わせる程になればいい、そこから伝えるんだ。それならば、信じて貰えなかったとしても俺の首は繋がっているはず。


「よし、これで」


 思考に一区切りをつけて、さあ寝ようかと思った所にコンコン、と部屋に響くノック音にて、俺の独り言は遮られた。俺の部屋の扉を誰かが叩いている、それには飛び跳ねるように身体を起こす。何だ、こんな夜遅くに。俺は、息を殺してゆっくり扉へと近付く。ここは王城な訳だし大丈夫だろうけれど、念のためだ。


「……起きていますか」

「あ、え、フランシアさん?」


 扉の向こうから聞こえるその声は、意外にも俺が王城にきてからもっともよく聞く声──フランシアさんだ。俺は、すぐさま扉の鍵を外して、その扉を開く。軋んだ音を辺りに響かせて開いた扉の先には、いつもと変わらないフランシアさんが立っていた。


「今すぐ服を整えて、付いてきてください」

「は? なん」

「……」

「あ、はい! いきます! いきます!」


 フランシアさんが、無言でいつもの鞭を手元で弾ませる。それだけで俺の背筋はピンと真っ直ぐに伸びて、そのまま部屋に引っ込んで、急いで衣服を掴んだ。大慌てで服を着替えてる最中に俺は理解した。

 あ、これ、完璧に調教されてる。




 ───────




 夜の王城内は、灯りがあるとはいえその灯りは炎の光だ。それは、仄かな明かりの為、薄暗い。先に進むフランシアさんの片手にはランタンらしきものが、握られている。俺は、その後ろを無言でついていくしかない。

 こんな真夜中になんだ、なんだ? 先ほどから事情は一切説明されていない、ただついてこいと言われて俺はそれに従っているだけだ。いやあ、だって、変な事言って鞭の餌食は勘弁したいし。


「三本角は、貴方のような角ナシとは比べものにならない程の身体能力があるのはご存じですか?」

「へ? あ、はい、まあ……?」


 突然話しかけてくるフランシアさんに俺の肩は思わず跳ねる。正直、今からどこに連れていかれるかで頭がいっぱいなんですが? その為、返事は少し適当だ。しかし、その事でフランシアさんが鞭を振り上げる事はなかった。ただ、こちらを振り向く事はなく、歩き続けたままだ。


「ここからは貴族しか知らない内容なのですが、三本角持ちはその力故なのか、角に熱を溜め込みます。それは徐々に溜まっていき、発散しないとなくなる事はありません」

「へえ、溜まるとどうなるんですか?」

「身体的、精神的に不調を起こします」


 そりゃ知らなかった。まあ、俺自身角ナシだし、貴族様と関わる事もないし、三本角だって今日初めて見たくらいだ。まあ、そんな話を知る訳もない。角が多いってのもそれだけで大変な事があるものなんだなあ。別に興味を惹かれる内容ではないが、意外な事実に一人納得したかのよう頷く。


「それを解消するには、二通りあります。一つは、肉体的発散。身体を大きく動かせば問題ありません。二つ目は、精神的発散。幸福、快楽などの好感情を沢山得る事が出来れば問題ありません」

「あれ、意外と簡単ですね」

「そうですね、通常の三本角持ちであれば生まれて一度も苦しむ事などないものでしょう。ああ、これを」


 つまりは、ストレスのようなものに近いのか? わからん。首を傾げる俺の前で、突如フランシアさんが歩く速度を緩めて肩越しに振り返る。そして、振り向くと同時に俺に何かを差し出した。

 それを反射的に両手で受け止めると、それはコルクで栓をされた小瓶で、掌の上を転がる。その謎の小瓶を指先を摘まんで掲げて、中身を確認するが無色透明の液体だ。揺らせばちゃぷちゃぷと音を立てている。ん、何だコレ。


「それを飲んでください」

「あ、はい」


 俺はコルクの栓を摘む。ポン、と気持ちのいい音が鳴っていとも簡単にその栓が開く。一瞬、鼻を寄せるとそこから漂うのは甘い果実のような香りだ。お、これは美味そうじゃねえの? そう思い、口をつけて一気に仰ぎ飲む。口の中に広がるのはシロップのような甘い味だ。あ、これはなかなか。最後の一滴まで、飲み干すようにして瓶を空にする。


「…………」

「あ、これなかなか美味しいですね」

「貴方は……、それでよく今の今まで生きてこられましたね?」

「あ、あー……?」


 舌を出して、瓶の淵まで舐める俺を見るフランシアさんの視線は、俺の心臓に深く突き刺さる冷たさだ。怒っている、というよりは呆れているかのように思える。そこまで言われて、確かに、いやまあ、即飲みは俺としてもまずったかなって思い、反省をする。しかし、言い訳をさせてほしい。孤児人生が長かった俺としては、食えるもん飲めるもんは迷わず行えっていう意識があってですね? それに、こんな所でわざわざ毒なんてのはないだろ。角ナシの俺なんざに毒を使うほうがもったいないといえる。


「はあ、いいでしょう。それで先ほどの話の続きですが、その二通りを一緒に行えて、手っ取り早く一気に解消出来る方法があります。力の強い王族方には、昔からそれが推奨されているのです」

「ふむふむ?」


 適当な俺の相槌と同時に、フランシアさんの足がぴたりと止まる。彼女の足が、止まれば後ろにいた俺の足も当たり前だが止まるしかない。どうやら目的地に辿り着いた、のか?

 フランシアさんの、ランタンが前方を仄かな灯りで照らす。そこにあるのは、見た事のある扉だ。大きな黒色の両開きの扉、金の細工が美しい、嫌でも忘れられないその扉。朝方と同じ三本角の男たちが扉を挟むよう左右に二人。そいつらは俺が何も言っていないのに、ノブを掴んでゆっくりと扉を開いていく。


 え、待ってくれ、ここって陛下、もといシルトの部屋だよな。なんで夜にここに? つーか、さっきの話って、まさか……一番考えたくない内容が頭に浮かぶ。いやいや、有り得ない有り得ない。

 そんな俺の現実逃避を知ってなのかわからないが、フランシアさんは、こちらへ顔を傾けて、片手を室内へと誘導するように向ける。


「その為に貴方が買われたのです。さあ、中へ入りなさい」


 ああ、そういえば俺って労働奴隷として売られるのかって、カートに聞き忘れたなあ。なんて考えながら俺の背中は汗で濡れていた。運動と好感情って、もしかしなくても…………あれ、俺、愛玩奴隷だったりしませんかね。そんな俺を肯定するかのように、軋んだ音と共に開いた扉から風が吹き込み、俺の黒髪を撫でていった。

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