第3話 売られた先は、危険がいっぱい?


 この世界の価値は、角が絶対的で、全てだ。奴隷時代では、わかっていたような気でいた。しかし、実際生まれ変わってこの世界で生きてみれば、角の重みは俺が考えていたものよりも、ずっと重いという事がわかった。


 まず、角の本数で身体能力などにも差がつくという事。基本的に、角ナシ、一本の角持ちに大差はそこまでない。角の二本となるとかなり身体能力が増す。更に角三本となると別次元らしい。その身体能力は角ナシの俺達の三倍以上とも言われていて、ちょっとした化け物である。

 角の本数は基本的に血筋らしい、たまにイレギュラーで増えたり減ったりもするそうだ。


 さらに、角の本数の少ないものは角の多い者に逆らえない。逆らえないというと間違いか? 正確には、逆らうと強い拒否反応が出てしまう。まあ、別に耐えれないもんじゃないらしいが、そういうのがあれば自然と角の本数が多いものが、上の立場になるのも納得だ。ああ、その拒否反応だが角ナシに関しては全くききません。角がないせいなのか、そういう拒否感とは無縁だ。


 つまり、だ。俺が何を言いたいのかと言うと角が多いってのはそれだけで全てが変わると言う事、だというのに現皇帝は四本だという。道中、カートに教えてもらった話も、血王だあ? いや、マジで笑えん。

 しかし、ならやめます、とは絶対にいえない。マール母さんたちの為もあるが、それで帰ったらめちゃくちゃ情けない男である。当初の予定通り、途中で馬車を捕まえ王城へと向かう。俺のいた街からだと一日くらいだろうか、途中休憩をはさみながらも王城へと辿り着いた。



 ◇◇



「これが先日求められていた奴隷です」

「ふむ……なるほど、確かに黒髪ですね」


 お前は喋ると価値が下がるから、と口を開く事をカートに禁止されている。酷い言われようだと思います。とはいえ、否定しきれないので口を閉ざしたまま観察に徹する事にした。

 カートと話し合っているのは、女性だった。狐目で眼鏡をかけている。衣服は白いエプロン姿で、落ち着いたメイドさんって感じのものだ。頭の角は、二本。耳の後ろ辺りから、前方に向かって少し曲がって生えている。前々から思っていたけれど、角の形は人それぞれでいいよなあ。俺も、こう、かっこいいのが欲しかった。


 そんな彼女が、俺を頭の先からつま先までじっくりと確認している。おかしな事を口にして、値段が安くなっても困る。だから俺は背筋を伸ばして、口を開かず立っていた。


「良いでしょう。若くて、容姿も見れない程ではないですしね。ではこれは、約束の金額です」


 革袋を一つだけ取り出して、カートへと手渡した。その時に硬貨がぶつかり合い、ジャリジャリと音を鳴らす。あれが俺の値段、いくらかはわからないが出来る事ならば少しでも多くあって欲しいと願うしかない。カートはそれを受け取ると、ここにいる必要はないとばかりに、すぐさま踵を返す。

 俺と何か会話する事はなく、俺の横を通り過ぎて去っていった。それは、彼らしい最後の挨拶のように思えて、俺も声を掛ける事なく、その背を静かに見送った。


「さて、いきますよ」


 眼鏡の女性が、パンと手を叩いて俺を見る。その瞳にあるのは、見慣れた侮蔑だ。まあ、そうやって見下されるのも随分と慣れたもんだ。俺は何も言わずにそちらへ寄れば、その姿を見て彼女はふんと鼻で嘲笑う。はいはい、角ナシですいませんねえ。


 彼女が歩き出すので俺もその背を追って、ついていく。そのまま、門を潜り抜けて入るのは王城の中だ。そこに広がるのは前世の俺でさえ見たことのない迫力ある光景だった。内装もそうだが、調度品や家財、置かれているもの全てが美しい紋様や宝石で飾られており目が眩むほどだ。広すぎて先が見えない程の道、自分の顔が映る程に磨き上げられた床、はあ凄いわコレ。


「まずは、その汚い姿と体をどうにかして貰います」

「え? あ、ええと、はい」

「その為に、貴方の部屋と洗い場を案内します。一度で覚えてください」

「はあ……あっ。そちらのお名前をお聞きしてもいいすか? 俺は、タカ、」

「いりません」


 続けようとした俺の言葉をぴしゃりと遮られる。その落ち着いた冷えた声は、俺の心臓を縮めさせるのには十分なものだった。どうにも女の人の冷たい声は、ドキッてしちまうんだよなあ。あ、いやいや、そういう趣味じゃないだろ俺。先程まで、振り返らず歩き続けていたその女性は足を止めて、こちらへ振り返る。その仕草一つ一つが美しく、洗練されているのがよくわかる。


「私の名前はフランシア=ザランティア。けれど貴方は名乗らなくて結構です」

「え、でも」

「そうですね。一週間、ここで仕事を続けられていたら、また名乗って頂けますか? 大体、覚えた先からいなくなってしまうもので、覚える意味がないのですよ」


 ……流石の俺も言葉を失う。思わず口がぽかんと開いて呆然となった。え、マジで? そんなポンポン、人が消えるって……つまりは死んでるのか? 奴隷してる時もそんなにポンポン……あれ? いや同じくらいだったわ。

 じゃあ問題ないか。けれど、こんな王城で起こる事でないことは間違いない。


 彼女は、それを伝え終わるとそのまま何事もなかったように先へと進む。そうすると俺もついていくしかなくて、何処かこの王城に不穏なものを感じながらも俺は足だけを黙って動かした。



 ───────



 彼女に案内され、身体を洗う事から始めて、終われば今着ている服より随分と上等な衣服を手渡された。そして、仕事は明日からだと半分押し込まれる形で、部屋で過ごす事になった。久々に水を気にすることなく、身体を洗えた俺の気分は上がりまくっていったのだが、更に驚く事なかれ、なんと俺が貰った部屋はふかふかベッド付の一人部屋だった。ラッキーと幸せに小躍りしたかった俺だが、問題はその部屋の大きさだった。


「いやいや、狭……っ」


 入ると同時に思わず、一人で呟くくらいにめちゃくちゃ狭い。ベッドと隣に小さなナイトテーブルがあり、その横に、成人男性が一人横たわれるくらいのスペース、それだけだ。ぶっちゃけ奴隷の部屋の方が全然広かった。ただベッド側には小さな窓があるのが救いといってもいいかもしれない。

 はあ、と疲労の滲む吐息が零れるとそのままベッドに腰を下ろした。仕事は明日からだ、早めに眠ったほうがいい。それはわかっているのだが……、どうしても思い出してしまうのだ。


 こういう狭い部屋でいつも傍にいた、白銀の髪の少年の事を。


 俺は靴を放り出し、ベッドに乗り上がる。そして、その窓に顔を近づけた。窓の外側はすっかり日が落ちて夜に変わっていた。そして、そこから覗ける夜空はいつもと変わらない月が二つの空だ。

 この空が綺麗だと、笑っていた不器用な子供。今は幸せなのだろうか、もしかしたら結婚とかして奥さんや子供がいたりするのだろうか。それとも、今あるのは、あいつの名前だけの墓なんだろうか。


 窓に手を添えて、ただシルトの姿を思い出す。そして、生憎とどうやら嫌われている神様に願う。アイツが、幸せであってくれますように。そう願って、俺の夜は過ぎていった。

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