第2話 切り売りしましょ
「と、いうわけで高値で俺を売ってくれよぉ」
「はあぁ!?」
なんでそんなちょっとキレ気味なんですかね、今の若者って怖いわあ。
路地裏の一角、酒場ともいえない路上に椅子が並んだだけの酒しか置いてない店がある。そこに座っている男に俺は声をかけた、そいつは悪友であるカートという男だ。目つきは鋭く、口も悪くて手も早い。短髪な赤髪に角が一本、額から真っ直ぐ生えている。実はこの男は、この辺りで活動している人買いだ。サクッと大金を得るならコイツと直接交渉したほうがはやい。
「だーかーら、俺を高値で買い取ってくれって言ってんだよ」
「お前、正気か!?」
「おうよ、正気正気。これでも奴隷経験はあるからすぐにその場に馴染めるし、よく動くぞぉ」
「はあぁ?」
自分でアピールしながら、まさかこの為の転生だったのでは! と思う程だった。確かに前世では、この奴隷経験が活きるといいなって思ってたけどな。カートは、手元に持っていた酒瓶をテーブル代わりにしている木箱にガンと置くと、その鋭い目で俺を睨みつける。
「笑えねえぞ、タカ」
「いや笑いとってねえし。俺、黒髪だし結構いい値段で売れるだろ?」
「……マールさんの為か」
「ま、そういうこと」
そういうと苦虫を噛み潰したような顔で押し黙る。カートは人買いの中ではマシな商人だ。そこらの子供を拉致って売り飛ばす、なんて事は一切しない。基本的には、罪人として奴隷になったヤツの販売、そして今の俺のようにやむなく身売りする奴らだ。
こいつは、まだ話がわかるヤツなのだ。それこそ基本的にフードで隠しているこの黒髪がバレた際も、交渉から入ってきたので、まあ前世の初対面で有無を言わせず売り飛ばしたヤツよりは数倍マシだ。
「お前な、そんな勝手な事して、マールさんが悲しむってわかってんだろ」
「まあな。でも恩人には死んでほしくねえし、マール母さんが死んだら、チビ達だって奴隷行きか死ぬしかない」
「……はあ」
俺の言葉を聞いて、吐き出した息はとても重々しい。うんうん、わかる。この世界は、圧倒的に弱者に厳しいよなあ。角ナシは、この世界じゃ底辺だから守ってくれるモノがいなければすぐに利用されて、殺される。俺は、木箱に置かれた酒瓶を引っ掴んで、黙ってそれを拝借する。それは酒といってもいいのかわからないくらいまずいモノだったが、一気に喉に押し込んだ。
「カーッ! まず!」
「なら飲むな! あとお前、オッサンくせえ!」
「気合を入れねえとこんな話出来るかよ。頼むよ、カート。どんな場所でもいい、俺を出来るだけ高値で売ってくれる所に頼む。お前の仲介料は、そこから引いてくれ。俺の最後の願いだ」
決してカートから目線は逸らさなかった。俺だって出来る事ならばこんな手段を選びたくはなかった。けれど、やれる事は全部やっておきたい。後悔だけはしたくない。カートは暫く俺と見つめ合っていたが、はあと深い溜息を吐き出すと俺の手から酒瓶を乱雑に奪った。あ、まだ全部飲んでないのに。
「……わかった。お前にぴったりの売り先が一つだけある。丁度黒髪を求めるヤツらがいてな。だが、そこに売り飛ばした角ナシの多くが死んでいる。ここに帰る事なんざ間違いなく出来ねえだろう。いいんだな?」
「……」
そこで怖気づいちゃ意味がないだろう。俺は、躊躇う事なく頷いた。それに、多くっていうなら死んでない角ナシもいるという事だ。そこに俺が入ればいいだけで、ゼロじゃないなら悲観することもないだろう。こう見えて、悪運というものはあるほうだし。まあ、前世ではコロッと死んだけどな。
頷く俺に、カートは何処かイライラした様子で、酒を仰ぐ。そして、飲み干した酒瓶を路上に叩きつけると勢いよく立ち上がった。やあね、破片が飛んできて危ないじゃない。
「ついてこい、タカ。どうせマールさんに何も言わねえつもりだろ」
「あれま、全部お見通しってやつ? はは……ありがとな」
「ケッ、礼なんか言うな馬鹿が」
カートが、歩き出すとその背を追って俺も続く。このままその売り手に引き渡すつもりなんだろう、実に話が早くて助かる。これから先、俺がいなくなってマール母さん達は大丈夫かと、少しだけ心配にはなる。けれど、レナもルルもいい子だし、きっと大丈夫だ。カートなら全額ネコババすることなんてないだろうし。
この路地裏ともおさらばか。泥水啜って生きてきて、あ、実際泥水飲んで生き長らえてたけどね。まあ、もう来ないと思うと少しだけ感慨深い。それにしても、次はどこの貴族様に売られる訳なんだ?
「なあなあ、カート。俺が売られる所ってどこよ?」
「ああ? そりゃ、アレ」
アレ、といって指差したのは何もない道。意味がわからず俺は首を傾げる。いや、アレってどこだよ。とりあえず差された指先を目線で追いかけるもあるのは……ああ、今日はよく見えるな。天気がいい為にはっきり見える。
我らが王がおられます王城だ。灰色の外壁に、所々黒で染められており、遠目でもその存在感は強い。あそこには、この国の皇帝が住んでいる。なんでも、優秀ではあるがかなり恐ろしい皇帝だとかなんとか。その日暮らしの孤児である俺は詳しくは知らんが。
「どこだよ、わからん」
「だから、アレだよ──王城」
「──は?」
俺は、思わず足を止めた。
◆◆
彼は、僅か十歳でこの国の皇帝となる。若い戴冠ではあったが、驚くべき事はそれだけではない。彼は、玉座を簒奪したのだ。王城に住むその時の皇帝たる父を殺し、兄を殺し、歯向かう王族は全て惨殺した。そのような行いは通常では決して許されず、玉座に座る事など決して出来はしない。しかし、彼の王はそれが許された。何故か。
──彼の王は四本の角を持っていた。
この世界に、現れたことのない四本の角を持つモノ。それが彼の王だった。角が多いものは、尊く、角の少ないものが逆らう事は許されない。それが世界の掟。
そして、彼は皇帝となった。僅か十歳で、その玉座を血で真っ赤に染め上げて。それゆえに彼は、血王と呼ばれていた。
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