ある男の、世界のお話
黒は幸運、白銀は不幸を持ってくる。それが古くから伝わる当たり前の事だ。しかし、それがどんな悲劇を招くか、誰もが理解をしない。
私の幼少時の記憶は、覚えている限りずっと一人っきりだった。大きく豪勢な館に住んでいて、そこには仕えているらしいメイドや執事。それと、母様がいた。そこには幸せは一切なく、豪勢な牢獄だった。
母様は、いつも私に会う度に侮蔑と落胆を込めた瞳で私を見下ろす。そして、繰り返し言った。
『どうしてお前は角ナシで生まれたのかしら、汚らわしい。全部全部お前のせいよ! その醜い白銀の髪を見せないで!』
『ご、ごめんなさい、ごめんなさい。母様……角ナシで産まれてしまって、白銀の髪で産まれてしまって』
私は、繰り返し謝った。地べたに頭を擦り付け、泣きながら謝り続けた。だが、母様は決して許してはくれなかった。
母様は、元は伯爵家の人間だった。三本の角に、金色の髪、その美貌は他家にも広まる程に美しい人だった。その家柄と美しさで、皇帝の側室として嫁ぐ事となった。程なくして、妊娠する。その時に、今代の賢人に予言をされたらしい。母様が産むその子は四つの角を抱えて、産まれてくるだろう、と。
それを聞いた母様達は大喜びだった。四つ角は、この世に産まれ出た事はなく、もし産まれてきたのならば間違いなく次期皇帝だ。この世は全て角の本数で決まる。性別や血筋の濃さなど後回しだ。期待や嫉妬、多くのものが渦巻いてはいたが、誰もがその赤子に注目した。
……だが、産まれた男子は白銀の髪を持つ角ナシだった。それが私だ。
王族の血筋でありながら、角ナシ、更に白銀の髪を持つとなれば王室は揺れた。産まれた事実を無かった事にするため、密かに殺すべきだと過激な話もあったらしい。しかし、皇帝とはいえ親だ。結局、私を産んだ母様共々この館に軟禁される形で押し込められた。その存在を無かった事にして。
誇り高い母様には、そんな扱いが許せなかった。お前のせいだ、と母様は私を罵った。その時の幼い私には母様の怒りが理解は出来なかったが、ただ謝罪を繰り返した。それは、愛されたかったからだ。
美しい母様。その手で頭を撫でて欲しかった、笑いかけて欲しかった。それは笑える程に愚かな願い。結局、それが叶う事は一度も無かった。
言葉から、それは暴力へと変わり、目が合う度に何度も殴られるようになっていった。執事やメイドもそれを見ていたが、助けるモノもいなかった。そこに浮かんでいるのは、母様と同じ侮蔑の目。
誰もが、私を必要としていなかった。誰もが、私の髪が、存在が、疎ましいものだと思っていた。
ある時、館に大勢の人達が入ってきた。その者たちは、母様を拘束するとそのまま何処かに連れていってしまった。後に分かる事ではあるが、それは腹違いの兄が手配した兵だった。彼らの目的は、母様と私の排除。
次期皇帝になる為には一つの汚点も許せなかったのだろう。もしかしたら、賢人の言葉を信じて恐れていたのかもしれない。……今になっては知る事は出来ないが。
幼い私には、何があったのかわからないまま、ただ連れていかれる母様を助けようと走り出した。けれど、その伸ばした手は、母様自身の手によって振り払われた。
『触らないで、疫病神! 貴方さえ生まれなければ! 呪われろ! 死んでしまえ!』
そんな言葉を残して、母様は連れていかれた。私は、床に崩れ落ち、ただ泣く事しか出来なかった。そんな私を殺すのは哀れだと思ったのだろう、私の処理を任された者は殺す事はせず、奴隷商人に売り飛ばしたのだ。その結果が、どういう悲劇を生むか理解もせずに。
『なんで僕の周りには悲しいと痛いしか、ないんだろう……神さまはきっと僕が嫌いなんだ、僕が白銀だから…………ごめんなさい、ごめんなさい』
奴隷として落ち、揺れる荷馬車の中で、抱えていたのは絶望だった。
ふと、目を開くとそこにあったのは美しい黒だった。それは私には決して手に入れられない色。しかし、その髭には驚いて思わず、手が出てしまった。けれど、その人は決して僕に仕返ししようとはしなかった。
彼は、奴隷だった。
私と同じ角ナシなのに、正反対の黒髪だ。綺麗だった。あんな髪色だったら、母様は角ナシでも優しくしてくれただろうか。そう思うと涙が溢れてきて、その日は一人でこっそりと泣いた。
黒髪の角ナシは、不思議と周りの人に愛されていた。奴隷だというのに、色んな人が彼に話しかけている。そんな愛された人が、突然現れた白銀である私を母様たちのような目で見る事は一度もなかった。
それ所か、助けようとしてくれていた。優しくしてくれた。他者から優しくされるのは、生まれて初めてだった。だが、その時の私には、優しさがわからず得体の知れない彼が理解出来ず、怖かった。
ある日、幼い私では奴隷の労働がわからず些細なミスで暴力を振るわれた。棒を振り上げ、力強く殴られた。しかし、慣れたものだ。致命傷を避ける為に頭を庇い、耐え続ける。周りには、多くの人がいたが誰も助けはしなかった。
当たり前だ。血の繋がった家族でさえ、助けてはくれないのに、誰が助けてくれるというのだろう。わかっている、知っている。世界には、こういうものしかないんだと、肉体の痛みよりも、心の痛みが私を蝕んでいった。
そんな私の全てを変えてしまう光が、包む温かさがあった。
─────彼が、手を伸ばしてくれた。
私の姿を見るや否や、駆け出しその身を盾に、震える私の身体を包み込んだ。その背に暴力を受けながら、血を流しても離れない。激痛に耐えながら、眉を顰めて、私に必死に笑いかける。何故、どうして。
わからなかった、自分にそんな価値があるとは思えなかった、いっその事こんな世界ならば死にたい程だった。泣き喚いて、やめてくれと叫んだ。どうして、と罵った。そんな全てを受けながら、ただ彼は静かに笑い続けた。
『だって、お前さんの髪、綺麗だろ。血で汚れたら、勿体ない』
その時、自分の世界が、粉々に壊れた音がした。
彼の瞳は輝き、その声に嘘はなかった。綺麗だと、言ってくれたのだ。誰もが、お前は汚らわしいと突き付けて殴り、蔑んできたモノを。ただ純粋に、美しいと彼は笑った。それは、心の底から欲しかった言葉だった、ずっとずっと私を見て欲しかった。実の親でさえくれなかったモノを、彼は私にくれたのだ。
そこからだ、この世界には優しさも楽しさも、愛しさも多くのものがあるのだと彼が教えてくれた。私の世界は、彼そのものだった。
彼が、居てくれるならばそれで良かった。彼は私の光だった、それだけで私の世界は広がっていった。彼が傍にいるから、美しいものも、美しかった。他者への思い遣りも持てた。
私は、幼くて口には出来なかったが……彼を愛していた、心から。彼以外何も求めていなかった。
だから、だからこそ─────私は、永遠に許さない。
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