第4話 綺麗な髪
今日も今日とて、元気に奴隷仕事。今日の担当は前と変わらず砂袋の運搬だ。なかなかしんどくはあるが、しっかり運んでさえいれば看守に目を付られる事も少なく、俺としてはマシな仕事だと思っている。だから、それはいい、俺の事はいいのだけれど。
チラと奥を見ると未だに名前を知らない白銀の少年が、黙々と石を掘り返していた。畑を広げる作業はここの奴隷仕事の中では一番過酷だ。柔らかくもない土を掘り返すというのは、かなりの力を要求される。そのくせ、今ご主人様は農地を広げる事を望んでおられるらしい。
その為自然と看守たちの目は厳しくなる。つまりは棒で打たれやすいくせして、重労働と、まさに最低最悪だ。昨日倒れた奴隷もここの担当だった。その穴埋めにあの少年が入るというのだから、俺だって気になってしまう。
気になるとはいえ、俺もずっと見ている訳もいかず、土の入った袋を抱えて目的の場所へと向かう。
辿り着くと普段と変わらず、中の砂を出して、許可を貰って帰る。お空に輝く太陽が憎たらしい。ま、雨は雨で嫌だけど。帰り道で少しでも体力回復したいので、ゆっくりゆっくりと戻る。が、その道中。
「お前は、俺に逆らう! のか!」
それは割と離れたこの距離でもハッキリ聞こえる程の罵声だった。おいおい、この声はマンバじゃねえか。背中に冷たいモノが駆ける、何だか嫌な予感がした。俺は体力回復も忘れて走り出す、長い道を駆けて元の場所へと戻ってくる。すると、そこには棒で叩かれる白銀の少年の姿があった。
「早く動け! のろのろとしやがって!」
少年が持っていたはずの鍬は、辺りに放り投げられている。周りを見ると明らかに彼が担当している場所の進みは遅い、それだけで何が起きたか、俺にはわかった。
やはりあの少年には苦しかったんだ、当たり前だろ。子供なんだぞ。大人たちと同じような作業量を行えるはずがない。
けれど、マンバは子供だからといって許す男でないのは、五年過ごした俺自身がよく知っていた。マンバは容赦なく棒を振り上げて、何度も何度も少年に振り下ろす。少年は頭を庇いながら体を丸めて、それに耐えている。かなりの痛みのはずだ、それなのに彼は呻き声も泣き声もあげることなく暴力に耐えていた。
それを止める人はここにはいない。多くの奴隷たちが周りにいるが全員が見て見ぬふりをしている。当たり前だ、俺だってそうしてきた。
──でも、でもさ。見てくれよ、あの子を。
泣きもせずに、頭を庇う。普通あんな判断、あの歳に出来ると思うか?
あれは慣れてる。誰かに、暴力を振るわれ続けてきたのだ。俺は知っていた、抱えた時に見えたその腕や足に痣が出来ていたこと、俺が腕を動かす度に震えていたこと。
チクショウ、本当に嫌になる。見ちまって、知っちまってんのに……ここで動かないのなら、ただのクソ野郎だ。
「お前、タカ!」
「っ!」
俺は、振り上げられる棒に割って入るようにして白銀の少年を抱きしめた。腕の中にすっぽり抱えてしまう。すると、それに気付いた少年は顔を上げた。その少年にむかって愛想笑いを向けてやる、マンバはそれで手を止めてくれる訳もない。
「どういうつもりだ」
「あーえー、そのちょっと肩が凝りまして、いやあ流石に歳には勝てないようなので丁度良いところに棒があるから揉んで頂こうかな、と」
「ッ、貴様ァ!」
ブンッと棒が振り上げられ、力一杯棒を背に叩きつけられる。激痛が全身に走って、声を上げそうになるが歯を食いしばって耐える。マンバは声を上げると喜ぶタイプなので、ここは我慢勝負となる。繰り返し棒が振られて叩かれる、その度に体が反射的に跳ねて眉を顰める。すると、突如腕の中にいた少年が突然暴れ始めてしまうものだから、俺も逃がさないように力強く抱え込む。
「馬鹿、動くなっ」
「やだ、離せ! 僕なんて庇わなくていい、僕なんか、僕なんか」
「っ……いいから落ち着けって!」
「嫌だ嫌だ嫌だ、どうして、どうして庇うんだよ……僕なんていらないのに、何でだよぉ」
白銀の少年は暴れながら、泣いていた。俺の腕を掴みながら揺らして、あの黒曜石みたいな瞳からポロポロと涙を溢れさせて泣いていた。それには俺も驚いた。殴られようが、決して誰かの前では泣かなかったのに庇われて泣き出すなんて、そりゃもう俺だってじんわりきちゃうだろう。
それでも、俺は泣く訳にはいかなかった。歳をとって涙腺は緩くなったが、ここは泣く所ではない事だけはしっかり理解していた。
何で庇う? だから、子供を助けるには一般紳士男性ならば当然の事なんだよ。それでも、どうしてもお前が理由がないと理解出来ないっていうなら、答えてやる。震える掌をその、絹糸のように綺麗な白銀の髪へと伸ばす。
「──だって、っ、お前さんの髪、綺麗だろ? 血で汚れたら、勿体ない」
殴られてる事なんて何でもないと、満面の笑顔で答えてやる。そう、綺麗だった。初めてみた俺が見たことのない白銀の髪。それが理由で十分だろ。すると少年は、目玉が零れちまうんじゃないかという位に瞳が見開かれて固まる。その間も涙は止まらず、ポロポロと流しながら俺の腕にしがみ付いた。
ようやく静かになった、本当は痛いのは嫌いなんだぞ。それでも決して譲らないと力強く白銀の少年を抱き締めながら、繰り返される激痛に歯を食いしばった。
─────
「はぁ、はあ……くそ、しぶといヤツが! 次はないからな!」
どれくらい殴り続けられただろうか。半分痛みも感じられないくらいに殴られ、ついに諦めたのはマンバの方だった。息を切らして鼻息も荒くしながら、忌々し気に吐き捨ててそのまま何処かへと去っていった。多分休憩室とかか? はは、流石に今日はあいつも疲れて動けないだろ、ざまあみろだ。マンバがここから消えたのをしっかり確認した後、ぐらりと世界が回って俺はそのまま横に倒れ込んだ。
「っ、お、おい! なあ、大丈夫か!」
ぐしゃりと崩れるようにして倒れ込んだ俺を白銀の少年が、慌てて傍に駆け寄ってくる。その顔色は真っ青で、少年の方がむしろ死にそうなんじゃないかと思う程だ。大丈夫だ、とカッコよく答えてみたかったけれど残念ながら全然大丈夫ではない。指先はおろか、声さえ出す事が出来なさそうだ。ゲホゲホと咳き込むと口の中には鉄錆びた味が広がる、吐き出す力もないために口端から血が零れ出る。
「嘘だ、待って! お願いだよ、しっかりして、死なないで!」
必死に叫んでいる少年の声がとても遠くに聞こえる。あ、だめだこれ、意識がもう持たない。何かカッコいい遺言の一つくらい残して死にた、かったなあ。そんな事を考え、そこでプツンとテレビのスイッチを切るかのように俺の意識は落ちた。
◇◇◇
「んーあー……」
ふと、自分の呻き声で目を覚ます。ぼんやりと眺めているのは、この五年間見続けていた汚れた天井だ。そこにひょこと顔を出すのは白銀の少年だ。あれ、こんな事最近あったような? よくは覚えていなくて、首を傾げる。少年は俺と目が合うなりその顔、花咲くような笑顔を見せたかと思うとすぐにぶすりと不機嫌そうな顔へと変わった。え、いやなんで。
「なんて無茶するんだよ!」
「あ、え、はい」
「あんた本当に危なかったんだぞ!」
「えと、はい、すいません」
「ソラノっていうヤツが、治療師を呼んでくれなきゃ本当に死んでたんだからな!」
ソラノが? 自分の体を見ると包帯が巻かれており、いつの間にか治療された後だという事がわかった。え、いいのコレ。まさか奴隷相手に手当てして貰えるなんて思いもしなかった。こりゃ本当にソラノに感謝しなくちゃならないな、優しすぎじゃない?
そんな事を俯き考えてる俺の顔に、痛いほどの視線を感じてそちらへ向く。そこには、冷えた目線を送る少年がいて俺は暫し呻いてから、頭を下げた。
「本当にすいませんでした」
「よろしい」
何で俺、逆に怒られてるんだ……? しかし、少年の目の下には隈が出来ており、この部屋には俺たち二人しかいない。看病をしてくれたのは間違いなく、同居人であるこの少年だろう。そう思えば俺が頭を下げるのも当たり前のように感じた。
「あーお前さんは、」
「シルト」
「は?」
「僕の名前は、シルト。お前さんじゃなくてシルトって呼んでよ」
ぶっきらぼうにそう言うも、少年──シルトの頬は僅かに赤く染まっていた。ああ、なるほど。思わず笑いが抑えきれずに喉が鳴る。くっくっと押し殺す笑いからついには我慢出来ず、声を出して笑う。そうすると背中の傷が引き攣り痛みに、呻く事になるが、笑い声は止められない。それを聞いて、シルトの頬はますます真っ赤に染まっていくが、何も言わずに唇を尖らせて顔を逸らしてしまった。
全くなんて不器用な、子供なんだろうか。呆れ切って、でも胸奥から湧くのは優しい温かさだった。それはこの世界に来て初めて感じた他人の温かさだった。
「俺の名前は、タカユキだ、よろしくな、シルト」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます