第2話 驚愕、奴隷仲間が増えた

 俺が、ここに転移してきて初めて出会ったあの男。

 アイツによって売り飛ばされたのだということを理解したのは、一年程してからだった。その頃には片言ながらに、この世界の言葉が理解できるようになっていた。段々とだがその言葉を理解するにつれて、この異世界の事がわかるようになっていった。


 まず、この世界で黒髪はめちゃくちゃ珍しいということ。だから、俺の髪はかなり目立つようで、遅かれ早かれこうして売り飛ばされていただろう。まあ、残念ながら俺は三十路のオッサンな訳で、自分でいうのも何だが美しい見目でもない。もっと若ければ愛玩奴隷になっていたのかもしれないが。

 まあ、不幸中の幸いというべきなのか。こうして労働奴隷としてここの主人に買われて、こき使われている。


 次に、この世界の人間にはほとんどの奴に角が生えているということ。わー異世界っぽい。本数は個人によって変わるが、この本数が多いほどに偉いとされているらしい。当たり前だが、俺に角などあるはずもない。けれど、この世界には角なしも存在する。彼らは底辺のモノとされ、見下され、上の地位に就く事などできない。


 つまり俺は、この異世界にきた時点から絶望的な立場な訳だ、珍しい底辺のモノ。なんじゃそりゃ。


「そこ! 休むな!」

「ひっぃ」


 俺の仕事先は農園だ。正確にはここの持ち主である貴族様の畑を耕し続けている、その主人の顔はよく知らん。

 怒声が飛び交うそちらでは、その畑を広げる為に邪魔な石を掘り返していた俺と同じ奴隷が、角を一本生やした男に殴られている。彼らは奴隷を管理している看守のようなモンだが……げ、アイツはやばいな。


 殴っている男は、中年で俺と同い年くらいの年齢だろうか、名前をマンバという。あいつは奴隷を殴りつけるのが大好きで、目を付けられた奴隷に未来はない。俺は、それらの光景を見ながら布袋を掴んで、歩き出す。


 整地に邪魔な大量の砂利を布袋に入れて、それを肩に背負って進む。はっきり言ってとってもキツい。五年前の職場が天国に見える……、いや、それは言い過ぎか? 四十路前の俺がここまでの重労働をこなすのは、死ぬほど辛いがまだどうにかなっている。


 掘り出した砂利を所定の位置まで運び出して、また帰る。これを突き刺さるような太陽の陽射しの中、一日中ずっとやる。あー単調な作業楽しい! 昔のように取引先からぼろくそに文句を言われる事も、資料の間違いを親の仇のようにグチグチ言われる事もないわけだ。……ま、一回ミスったら立てなくなるまで殴られちゃうけども。


「チート、ハーレム、さようなら」

「お前、たまに理解出来ない言葉呟くよな。いいぞ、タカ」

「うーす」


 土を全て所定の場所に捨てると、そこにいる看守の許可を貰ってからまた持ち場へと戻る。こうみえても奴隷歴五年というキャリアの持ち主である俺は、看守達にはわりと気にかけられている。名前を覚えて貰っているのも俺くらいのもんだ、省略されちまってるけどね。多分ではあるが、人使いの荒いご主人の奴隷の中では一番長持ちしているのではないかと思っている。

 やはり何事も続けると変わるもんだわ、次の再就職にも役立つんじゃねえのかねコレ。そうして、土の入った砂袋を運んで往復するだけで一日は過ぎていった。



 ◇◇



「あー疲れた……」


 牢へと戻されるとそのまま布団代わりの布へと倒れ込む。床は石畳なので全身打ち付けて、ちょっとだけ痛みに身悶えする。


 俺たちがすむ建物は割と大きめだ。つっても別に奴隷たちの部屋が広い訳では無い。部屋はかなり狭いし窓はない、鉄格子付き。全く、不動産屋もびっくりなクソ物件だ。俺以外の奴隷は十五人程いるだろうか。数えてないので適当だけど。


 はあ、特にやる事もないので寝転んで天井を眺める。何故か今までは体力が持っていた為に、こうして死なずに奴隷業を続けられてはいるが、最近は少しずつだがそれも苦しくなっているのを感じる。つーか、四十路手前でこれだけ出来てんだから奇跡じゃねえか。続けられて、後五年、いや二年か。

 そうしたら俺はお払い箱だ。動けなくなった奴隷の末路はここで嫌という程に見てきている。ゾクリ、と背筋が震えた。ゆっくりと背後に迫っている死、それを身近に感じ取ってしまい──俺は、


「おい、タカ」


 びく、と肩が震えて跳ね起きる。格子向こうには、マンバが立っていた。うげ。俺を見るとニヤニヤと癇に障る笑い方をしてくる。俺としてはあんまりお近づきになりたくない相手だが、そのマンバの腕に抱えられているソレに俺は思わず目を丸くした。


「はい、ってその腕の中の……」

「そうだ。お前の新しい同居人だ、可愛がってやれ」


 そうして牢の戸を開くと同時に、無造作に中へと放り投げられる。俺は咄嗟に立ち上がってそちらに向かって両腕を伸ばした。ズンとした重みを確かに感じてそれをしっかり受け止める。マンバはそれを一瞥して、フンと鼻を鳴らしてからそのままここから去っていく。


 俺は改めて、腕に抱えたその姿を確認する。それは美しい白銀の髪だった、肌も白く、閉じられた目蓋にある睫毛も長い。顔立ちから鼻や目のパーツまで全てが整っている、それは恐ろしい程に美しい男の子だった。年齢は十代前だろうか。これは子役やれる、ていうかアイドルになれるんじゃねえの。頭をよく見たが、この子には角がなかった、そうか、角ナシか。


 しかし、こんな子供も躊躇わずに投げるとか本当に鬼かアイツ。いや見た目は鬼なんだけども。思わずとマジマジと眺めているとその目蓋が震えて、ゆっくりと開く。


「おっ、起きたか」


 ぱちりと開いた大きな瞳は黒曜石と思える程に輝く瞳。これはお兄さんもお姉さんもうっとり、思わず俺の口許も緩んで、オッサンもにっこり。瞬きを繰り返し、目元を二、三度擦ってから俺の顔をその瞳に映す。そして、思いっきり──


「僕に、触るなぁ!!」


 ──叫ばれて、その子の拳が俺の頬を殴り飛ばした。

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