オッサンの異世界は、何故かハードモード。
画狼
序章
第1話 理不尽!奴隷スタート
夜の街というのは、怖さを増長させるがそれと同時に高揚感を与えてくれるのは何故だろうか。学生時代は、夜の街を走るだけでなんか無敵みたいな気分になった。けれど、今の俺には見慣れた街並みで、恐怖感すら湧かない。
少し皺のついたスーツ姿で、コンビニ袋を片手に、全身は疲労感に包まれて帰り道となる夜の街を歩く。今日も残業帰りで、食べるのはコンビニ飯、我ながら不摂生の生活をしているとは自覚している。
そろそろお嫁さんでも貰いたいと願っているが、現在は恋人すらいない。はあ、辛え。それもこれも日々の仕事が忙しいせいだ。ブラック企業とまでは言わないが割と激務である職場、辞める辞めると考えながらもこの歳までズルズルと続けている。
「はあ、こう世界が一変するような事、ねえかなあ」
と、呟くもそんな事が起こるなんて一欠けらだって期待していない。結局のところは辞めたいと繰り返しながら、この生活がだらだらと続いていくんだろう。まあ、別に悲観はしていない。昔から思考を前向きにもっていくのは得意な方だし。
夜の街を抜けて、街路樹を沿って歩く。ふと、そこで少し先の街灯が消えている事に俺は気付いた。電球の故障か? その消えている一帯は真っ暗で、先すら見えづらい。まあ、三十路のオッサンが怖がる程のものではない。特に気にする事なくその下を通る、が。
「おっと、とっ!?」
カツン、と不意に足の爪先が大きく何かに引っかかる。疲労の残る身体では咄嗟に体勢を立て直す事は出来ずに一瞬の浮遊感。転ぶ、っと思った時には地面が目の前だった。そして、大の字を描くようにして転ぶ。
くそ、いい大人が恥ずかしすぎる。周りに人はいないだろうが、夜とはいえどこで誰が見ているかもわからない。すぐに体を起こして、スーツについた土を払う。そして見上げた空、そこには綺麗な月が二つ、まあ綺麗って──いや、二つ……?
「はぁ!?」
目を見開いて俺は、固まった。そこには間違いなく月が二つある。いつも見るものの三倍くらいな大きな月と、その側にはその大きな月の半分くらいのサイズだろうか、そんな小さな月が浮かんでいる。
異常気象!? いや、これ気象とかそういうヤツか? え、どうする、とりあえず写真でもとっておくか。おもむろにスーツのポケットに手を伸ばす。そこにしまったスマフォを取り出そうとするが、ない。
あれ、どこだ、あれ。全身を叩いて膨らみがないが探すがどこにもない、ヤバイ、あれには明日の取引先への連絡先が。慌てて辺りを見渡すと、転んだ時に落ちたのか路地にスマフォが転がっていた。ほっと安堵の息が出る。そしてそこで気付く、そのスマフォの傍に誰かの足が見えている。その誰かが俺のスマフォを、ひょいっと掴んで持ち上げた。
「あ、ありがとうございま、す……」
次の瞬間、俺は言葉を失った。何故なら優しく拾ってくれたその男性の頭には二本の角があったからだ。その角は例えるなら正しく鬼の角だ。頭の中心辺りから、十センチくらいの長さだろうか。真っ直ぐ上に向かって生えている。
はい? コスプレ? 服もどこぞの漫画に出てくるような服であり、あれは皮製か。俺のスマフォを手の中で遊ぶようにポンポンと弾ませながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
それらの様子を見て、初めて周りの景色にも目がいく。辺りは変わらずに夜だった。けれど夜空の星は都会じゃありえない程に煌めていており、街並みは一変していた。見たことのない建物、灯り、人、場所。俺がいるのも、先ほどの街路樹近くではなく、薄暗い裏路地のようなところだ。
は、え、は、ええ……? ぽかんと開いた口が閉じれない。有り得ない、なんだここは。え、いや、世界一変しすぎだろうが!
「#$%$&%##$%?」
「は、はい? え、まってください、何言ってるか」
角の生えた男性は、見た目的には二十代あたりだろうか、少し吊り上がった目で俺を見ている。こちらに語りかけているが、言葉はさっぱり理解出来ない。けれど、その声はどこか威圧的であり、どうにも好意的な声かけには思えなかった。これはまずい。俺の勘が言っている、今は逃げるべきだと。
「さ、さようなら!」
俺は勢いよく立ち上がると、脇目も振らずに走り出す。こちとら元体育会系なんだよ! 思いっきり地面を蹴り出して全速力で駆けだす。冗談じゃねえよ、マジ!
両腕を振り上げながら出来る限り距離をとろうと、必死に走り続ける、なんだ何でだ、突然すぎて全てがわからん! さっきまで、普通に帰ってて、転んで気付いたら鬼みたいに角が生えてる男に話しかけられて、周りはファンタジーみたいな……ファンタジー?
「え、これ。よく漫画とかで見る異世界転移ってやつじゃねぇ!?」
つまり俺は選ばれしなんちゃらとか、実はチートみたいな力持ってるとか、え、いいのか。こんなオッサンだがハーレムとかもありな感じか! 走りながら自分の現状を整理してみるが、馬鹿みたいな考えしか思い浮かばない。この道の先がどこに繋がっているかもわからないのに真っ直ぐ、足を止めず突き走る、が。ふいに視界の隅に黒い影が映る。なんだ、今の影。
その影は壁を這うように動き、目にも止まらない速さで俺の横を通り過ぎていく。そして、いとも簡単に俺の前に立ち塞がった。それは先ほど俺に話しかけていた鬼の様な男。あ、やべ、と思った時には遅い。ニィと歪に笑うと、俺に向かってその拳を振り上げた。
「#%$&#%$$$##¥」
拳は逃げる俺の鳩尾へ見事に入り、込み上げる吐き気と痛みに俺はあっさりとその意識を手放した。結局最後に話した彼の言葉がなんと言ったのか理解できないままに。
◇◇
「起きろ、時間だ!」
牢屋の格子を叩かれて俺の意識は戻ってくる、目が開いて飛び込んでくる天井に灯りはなく、薄汚れている。それはどこにも変わりはなく見慣れた天井だ。ゆっくりと体を起こせば、いつもと同じで全身が痛い。
くるりと振り返り俺が寝転んでいた布団、というかその代わりにしている薄汚れた布切れもいつも通りだ。お、今日は虫はいねえじゃん、ラッキー。ふあ、と欠伸をしながら立ち上がる。早く外に出なければ棒でめった打ちだ、それは避けたい。
飲料として用意された水が貯められた壺を覗き込めばそこに映るのは、ひげもじゃの自分だ。ごくごくたまにナイフで剃ってはいるんだが、かなり伸びたなあ。衣服は布製で、あちらこちらは破けて汚れている。近くのコップに水を汲んで一杯だけ飲み干す。さあ、今日も一日お仕事を頑張るとしますか。
格子を叩いていた男、髪は金色で青い瞳を持つ青年はソラノという。まだ来たばかり新人で、見た目的に年齢は二十代くらいだろうか。その頭にはねじった形のような細長い角が一本生えている。
その彼に向かってひらりと手を上げて声をかける。
「うーす、おはようっす」
「……タカ、本当にいつも礼儀正しいなあ」
「挨拶は基本っすからね。今日も一日お仕事頑張ります!」
「いや、うん、本当に変なヤツだよな」
はあ、と溜息と共に呆れたような顔と共に牢屋の扉が開かれる。そうして、今日も俺のお仕事が開始される。仕事内容は至って簡単、穴を掘って、土を運んで、畑を耕す。ただし休みもなく飯だって少しで、失敗すれば飛んでくるのは棒、そりゃもうボコボコに殴られる。
そう俺が、異世界転移してなったのは勇者でもなく、魔王でもなく、チートでなく────奴隷だった。
そして、現在俺は奴隷生活五年目になるだろうか、三十路どころかそろそろ四十路に近い。俺の異世界転移、どうしてこうなった?
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