2 南瓜


夢ならばどれほどよかっただろう。

ミクはこの光景に言葉も出ず、唖然としていた。

かぼちゃがひとりで喋って顔を作って、自由に動き回るだなんて誰も思うまい。


「これでジャック・オ・ランタンの完っ成だ!」


おまけにバシッとポーズまで決めるのだ。頬をつねっても夢から覚めない。

思い切って鋏でかぼちゃを叩き割ってやろうかとも思ったが、聞き覚えのある懐かしい声がそうはさせなかった。


「どうしたんだよ、ミク。何で一言もしゃべらないんだ?」


「何でアンタこそべらべら喋ってんの! 怖いんだけど!」


「何でって……そんなのふつーだろ」


「どこの世界に喋るかぼちゃがいるのよ!」


ランタンから発せられるのは、忘れもしない片割れの声だ。

二度と聞けないと思っていた、大切な人のそれだ。


「本当にリクなの?」


「そうだけど、どうかしたのか?」


かぼちゃは不思議そうに首をかしげた。

死んだ後、長く太い茎を通って中に入ってしまったのか。

そんなことを考えている暇もなく、ミクはかぼちゃを抱えて自分の部屋に駆け込んだ。


リクの荷物はほとんど片付けられてしまって、何も残っていない。

クッションの上にかぼちゃを置いて、向かい合わせに座る。


「どういうことなの! ちゃんと説明して!」


よほど驚いたのか、ぴゃっとかぼちゃが飛び上がる。


「なんだよ、そんな怒らなくてもいいだろ」


「だって、リクがお墓に生えてたかぼちゃになっちゃうし!

ふつうはゾンビとか幽霊になるんじゃないの? どう考えたっておかしいでしょ!」


自分でも言ってることがおかしいことに気づいていたものの、どう言えばいいのか分からない。死んだはずのリクがここにいる。

涙が出そうになるのを必死にこらえていた。


病院にいる間、リクも家族や友達と会えずに寂しい思いをしていた。

患者の中でも感染症について話題に上がることが多く、誰もが怯えて過ごしていた。


それでも、この世に帰ってくるご先祖様をないがしろにするわけにもいかない。

お祭りの準備を進めていたある日、病院の人から種をもらった。

その際に「1日だけ時間をあげるから、みんなに会いに行っておいで」と言われた。


いつのことなのかも言われなかったし、その言葉の意味は分からなかった。

気がついたら、かぼちゃになって収穫されかけた。


「ここにいるってことは、今日だけ一緒にいられるの?」


「多分、そういうことだと思う」


かぼちゃは慎重にうなずいた。確信が持てたわけではないが、今日だけ生死の境が曖昧になる。それで戻って来られたのだろうか。


考えている最中にインターホンが響いた。

この後、友達と一緒に遊ぶ約束をしていたのだ。


「とにかく、今日は一緒に遊ぼ! ね!」


ランタンを持ち上げ、笑顔を向ける。

野菜でもリクはリクだ。それは変わらない。


「これからみんなと一緒にお菓子もらいに行くんだよ!」


ミクの服を着させ、マントをつける。

手の先に軍手をはめれば、ジャック・オー・ランタンをかぶった子どもだ。


「あいかわらず強引だなー」


「まさか、裸で行くつもりだったの?」


「……それもそうか。ありがと」


「どういたしまして! ほら、早く行こ!」


ミクは黒の三角帽子をかぶった。


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