第34話 凪story DAY4 前編

どれくらい時間が経ったのだろうか。ただがむしゃらに走り、そして力尽きて勝手に人の家の敷地の庭で寝た。


もうその家には誰も住んでいないらしく、私は朝まで起こされることはなかった。


(もう私には行くところがない……お父さん、お母さん……)


倒れた両親を見捨てて逃げた私なんて誰も必要としない。その場でうずくまり、顔を伏せる。


ピリリリリリリ。


顔を伏せる私の耳にそんな音が聞こえてくる。すぐに電話だと分かり、私は慌ててスマホをとる。


「お父さん! お母さん!」


そう思って画面を見るが、そこに映っていたのは知らない人からの電話だった。

両親からの電話の可能性を信じて出てみる。


「あ、もしもし」

「もしもし、凪か? 無事だったか」


違った。田中さんだった。両親ではなかったことで、また涙が溢れる。


「うぅ……」

「うおっ! 泣いてるのか? どうした?」

「うううぅぅ……」

「どうした? もしかして……」


何も答えず泣く私に、田中さんは察してくれる。


「そうか……。お前、今どこにいる?」

「えっ……分かんないっす」


がむしゃらに走ってきたのだ。眠った記憶もない。辺りももう見たことのない場所だった。


「いやマップ開けよ」

「あっ……」


そうだった。田中さんに言われた私はスマホのマップ機能を開く。


「マップのスクショと住所教えてくれ。向かうから」

「分かったっす」


田中さんに言われた通り、私は現在地のスクショを撮り、住所と一緒に送る。


「じゃあ今から行くから、物陰にでも隠れて待っててくれ」

「分かったっす」


そう言うと、田中さんは電話を切る。私はそこから動くことなく、ただ田中さんが来るのを待っていた。


……。


どれくらい待っていただろうか。それほど待っていないようでもあるし、数時間のようでもあった。


「凪か?」


顔を上げると、普段と変わらないような様相の田中さんが立っていた。


「やっぱり凪か。ここはお前の実家じゃないよな? 何があったか説明してくれ」

「分かったっす……」


田中さんに促され、ぽつぽつと話し始める。私が話す間、田中さんは何も言わず、ただ静かに聴いてくれた。

そして私が話し終わると、田中さんは呟く。


「そうか、やっぱりか……」


何がやっぱりなのだろうか。


「日本中でレイスが現れてな、自衛隊や警察官が乗っ取られたんだ。中でもこの地域は特にひどい」

「レイス……?」

「聴いたことないか? アニメ……は出てるのあんまりないな。ゲームだと偶に見る幽霊系の魔物だ」

「それが……両親を……」


それが両親を殺した魔物なのだろうか。


「ああ、多分な。中でもここら辺の自衛隊や警察は軒並み襲われて酷い惨劇が行われたと聞いた」

「……何で、この辺りが?」

「さあな。だが、この辺りは警察官や自衛隊の数が多かった。だからだろうな」

「……」

「この事件は明らかに犯行が計画的だ。段階を踏んで人を殺しにきてる」

「……それは、誰かが今回の事件の糸を引いてるってことっすか?」


田中さんの言葉を聞き、私は悲しみ以上の怒りが湧いてくる。私の両親を間接的に殺した人間がいる。絶対に許さない。


「まだ可能性だ。だが、両親の無念を晴らしたいって言うなら立ち上がってに協力してくれ」

「俺……達?」


周りを見渡してみても田中さんと私以外一人誰もいない。


「ああ、ここにいるとも言えるし、ここにいないとも言える。まあ協力するって言うならちゃんと教えるよ。もちろん、協力しないのなら少し遠いが、安全な場所まで送ってやる」


どうする、と言いながら手を伸ばしてくる。


「……やるっす」


両親のかたきがいるのなら討ちたい。自然現象なら止めたい。とにかく、これ以上自分のような被害者は出したくない。

悲しみにくれるくらいなら、前を向きたい。


そう思うと、疲れているはずの体に力がみなぎってくる。


田中さんが伸ばす手に私は泥だけの手を差し出し、しっかりと握る。


「そうか。じゃあ今日からお前はの仲間だ。まあつっても俺含めて三人しかいないけどな」


田中さんがそう言った瞬間、風景が一瞬にして変わる。


「え……?」


先程まで晴天で真っ青だった空が、真っ白な天井に変わっていた。

辺りを見渡すと、壁、天井、床は真っ白。そこら中に雑多に必要最低限の家具が置かれており、何故か車なども置いてある。


「な、何すかここ? それにあの車……」


車に見覚えがある。黒塗りのいかにもな高級車。私はその車に乗って登校する友人がいる。


「凪!」


辺りを見渡していると、誰かに抱きしめられる。


「心配しましたわ!」

「えっ?」


自分を心配してくれるような家族はもういない。しかし、抱き締めてきた少女には見覚えがあった。


つむぎじゃないっすか!?」

「ええ、花京院紬ですわ、凪さん」


お金持ちが集まるお嬢様学校でも指折りのお嬢様、花京院紬だった。


「な、何で紬がここにいるっすか?」

「私の境遇は凪と同じですわ。私の家族も……」

「そ、そうだったんすか……」


彼女の家族もきっと……。

思わず涙が溢れる。


「家族で帰宅中に襲われてしまいまして。私だけが生き残りましたの」

「……」

「そんな時に助けて下さったのが和彦様ですわ」

「偶々だけどな」

「それでも私は感謝しておりますわ」


照れくさそうに頬をかく田中さんに紬は熱い視線を向ける。


元々紬は恋愛脳だ。

きっと、窮地に自分を救ってくれた田中さんを白馬の王子様のように思っているのだろう。

今なら少しだけ気持ちが分かる。


「私だけありませんわ。あちらの方をご覧ください」


そう言って紬が指し示す方を見る。そこは雑多に置かれた場所で、一箇所だけカーテンとタンスで仕切られた所があった。


「あちらにもう一人、私達と同じ境遇の方がいらっしゃいます。名前は柏木琴音かしわぎことね様。別の学校の方ですがご存知ないですか?」

「え、知らないっすよ」


同じ学校ではない女子生徒の名前は流石にわからない。しかし、そう聞くからには知っている可能性があるのだろうか。


「……もしかして有名人っすか?」

「ええ、全国高等学校弓道大会女子個人部門の優勝者。去年のアーチェリー世界大会でも優秀な成績を残していらっしゃる弓道界の若き神童ですわ」

「あっ! テレビで見たことあるっす!」


顔を見ればすぐに分かっただろう。小柄ながらも非常に整った顔にショートヘアの真っ黒な髪。

そして何より、彼女の纏う雰囲気が人を惹きつける。柏木琴音は常に薄暗く陰鬱な瞳をしていて、笑わないことで有名な女子校生だ。


全国大会で優勝した時も、世界大会で表彰台に上がった時も、ただの一度も笑なかった。


勝利後のインタビューもおざなりでろくに答えず、さっさと帰ってしまった。


それ行動故に多くのバッシング、およびアンチを生みだした。だがしかし、柏木琴音はそのルックスとミステリアスな雰囲気も相まって、アンチ以上のファンがいる。


テレビにもCMにも出演せず、インタビューすらろくに受けないのに、日本中で最も有名な女子校生の一人だ。


「彼女も両親を失ってしまって、ずっと塞ぎ込んでおりますわ……」

「そうなんだ……」


どうやらここにいる人達はみんな同じ境遇のようだ。


「そっとしておこうと田中様がおっしゃいまして」

「そうなんだ……」


塞ぎ込みたい気持ちはよく分かる。私も気持ちは同じだ。

しかし、私は塞ぎ込むよりもやるべき事がある。それはこの事件を解決する事。


正義感とも義務感とも違う。恨みでもあり怒りでもあり悲しみでもあり、寂しさでもあり責任感でもある。

一言では言い表させない感情に突き動かされて心の安定を保っている。


この事件を解決しないとこの感情にケリをつけることはできないだろう。


探偵。『事件』と呼ばれるものを解決するのにこれほどうってつけの職業ジョブはないだろう。


「まあ彼女の事は俺に任せろ。とりあえず色々説明してやる。ここの事とか職業ジョブについてとかな」

「そうですわ。凪さん、こちらに」


紬は私の手を引いて、豪華な机のある場所に連れてくる。

記憶にある田中さんの家のものではない。恐らく紬の家にあったものだろう。

そこに三人で座ると、田中さんが飲み物を出してくれる。


「あ、私がやりますのに……」

「いいよこれくらい」


仲が良さそうに二人が会話をしている。

田中さんも大人の対応をしているように見えるが、顔がニヤついてるので内心喜んでいるのがすぐ分かる。


「じゃあ説明を始めるか」

「よろしくお願いするっす!」

「ああ。まずこの空間についてなんだけど、まあ分かると思うが俺の権能だ。収納空間インベントリ。ゲームとかによくあるあれだ」


大雑把な説明だが、RPGのゲームを幾つかプレイしているので言いたい事は伝わる。


「ゲームのインベントリと違うのは時間を止めるような保存機能がないことと、こうやって人間を入れられるところだな」


そこは確かに私の常識とは違う。ゲームによってインベントリの種類は数多あるが、人を入れられるなんて聞いた事がない。


「保存機能がないからそこは若干不便だがな。代わりにこうやって安心して話せる居住空間があるのはデメリット以上にメリットが大きい」

「そ、そうっすね。というか田中さんの権能、強すぎる気がするっすよ」

「そうでもない。偶々俺の権能が使い易いものだったってだけにすぎない」

「そ、そうっすか? でも自分の権能は捜査フォーカスっすよ? ぶっちゃけしょぼいっすよ……」


田中さんの権能は凄い。魔物が蔓延るこの世界で、世界中の全ての人が欲しがるであろう安全な居住空間を作れるのだ。


それに比べて自分の権能は知りたい事が知れるだけ。分かりやすく権能を説明するとしたら、注意深く探す能力、だ。

ゲームによくあるガイドライン的なものではなく、あくまで人間が出来ることの延長線上にあるものだ。

田中さんの権能のような特殊能力ではない。


そう感じ落ち込むが、田中さんは首を横に振る。


「自分の権能を信じろ。ワールドオーダーに与えられたものだろうがなんだろうが、それはもうお前のものだ。自分の力を疑う人間は強くなれない」

「そうですわ。それに権能は強くなっていきますわ。私も最初は大した事ができませんでしたが、練習するうちに少しずつ強くなりましたもの」

「そ、そうっすか?」


二人の言葉に少し勇気をもらう。


「ああ。しかも割と早いうちから強くなる。見て分かる一例が紬しかないからまだ確定的な事は言えないが、使い方次第だ。俺が収納空間インベントリに入ったみたいにな」

「そうです! 一緒に練習しましょう!」


そう励まされ、更に私はやる気になる。


(そうだ! 自分はこの事件を解決するって決めたんだ! この職業ジョブと権能を信じないでどうする!)



弱気になっていた先程までの自分を戒め、奮起する。

そんな私に、田中さんは更に新しい情報を口にする。


「しかもな、ある程度職業ジョブの熟練度が上がると新しい権能が貰えるんだ」


それは職業ジョブの更なる可能性の話だった。




……。


長くなりそうでしたので前編と後編に分けます。

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