第35話 凪story DAY4 中編

「新しい権能っすか?」

「ああ、新しい権能だ」


聞き返す私に田中さんは頷く。


「これも条件はまだよく分かっていないがな。俺の例で言えば、収納空間インベントリに入れることに気付いて、そこから出たタイミングだった。つまり熟練度よりは気付きが重要だと思ってる」

「気付き……」

「そうだ。能力の多用性というか汎用性というか、常識にとらわれない発想だ」


確かに私はこの捜査フォーカスという権能を使いこなしているとは言えない。いまだによく分からない部分は多々あるし、そもそもろくに調べようともしなかった。


「権能が増えた時はちゃんとアナウンスがある。初日ほどではないが頭痛もするしな」

「す、頭痛っすか……」


その発言に私は一歩引いてしまう。特別な力をもらえるとは言え、もう二度とあんな痛い思いはごめんだ。私が苦い顔になったのが分かったのか、田中さんは安心させるように言う。


「安心しろって。今度は多少痛むくらいだ。あんな脳みそを鷲掴まれるようなやばい痛みじゃない。実際俺も痛がりながら喋れたし」

「その通りですわ。ちょっと涙が滲むくらいの痛みです」


紬も経験したのか、隣で肯定している。ちょっと涙が滲むくらいって十分痛いと思う。


「既に俺は二回、紬は一回なってる」

「に、二回っすか!? もうっ!?」


早過ぎる。私はまだ一度もなっていないにも関わらず、田中さんはもう三個も権能を手に入れたらしい。


「俺の権能が分かりやすかっただけだ。紬のは正直上げ方がもう分からん」

「あっ、そういえば二人の職業ジョブは何なのか聞いてもいいっすか?」

「「……」」

「え、ダメなんすか!?」


突然笑顔のまま黙り込む二人に私は驚く。


「はぁ、まあ俺はお前の職業ジョブ知ってるし、一応危険なことに首を突っ込む運命共同体みたいなところもあるから言ってもいいんだが……」

「そうですわね。私も和彦様にお伝えいただくまで気付きませんでしたし」

「え、え? なんすか?」


戸惑う私に田中さんは注意する。


「あんまり人の職業ジョブを聞こうとするな。そして何より自分の職業ジョブを教えるな」

「え、何でっすか?」

「個人情報だからだ。しかも知られるととびっきり面倒くさくて危険な事に巻き込まれる可能性のある、な」

「うーん?」


そう言われてもあまりピンとこない。私の表情からよく分かっていない事を察した田中さんが更に話を続ける。


「今、この世界で大事なのはお金じゃなくて現物や個人の力だ。百万円あっても物を売ってくれるところがないからな」


国からの要請で、スーパーなどは昨日から急遽店を閉めていたはずだ。お金があっても何も買えない。日本はわずか二日足らずでそんな国になってしまったのだ。


「そんなところに職業ジョブに目覚めたなんて言ってみろ。クソ面倒くさいことになるぞ。相手に悪意があろうとなかろうとな」

「……」

「それに人の口に戸は立てられないとも言うしな。何処から誰に漏れるかも分かったもんじゃない。その結果、敵に権能がバレでもしたら最悪だ」

「な、なるほど、分かったす!」


正直まだ分からなかったが、でも敵にバレる可能性があるから人に言ってはいけないと言う事はわかった。


「それで俺の職業ジョブなんだが……」

「いやいいっす! 聞かないっす!」

「え?」


機密事項を話そうとする田中さんを私は止める。


「自分は口が軽いっすから、うっかり誰かに話しちゃうと田中さんの迷惑になっちゃうっすよ! だからいいっす!」

「……そうか。お前がそれでいいならそれでいい。ぶっちゃけ何の職業ジョブを持ってるとかどうでもいい情報だからな。ただ権能の方は話しておこう」


田中さんの権能は三つだった。


一つ目が収納空間インベントリ。保存効果がない代わりに人間も入れられる空間を作る権能。


二つ目が定点移動ムーブポイント収納空間インベントリに入った場所を四つまで記憶ができ、そこに移動する事ができる権能。


そして三つ目が座標固定フィックスポイント。古い順に上書きされる移動場所を固定して上書きされないようにする権能。


紬の権能は二つ。


一つ目が、水球ウォーターボール。水の球を発射する権能。威力は大の大人を転ばせる事ができる程度らしい。


二つ目が、鉄砲水ウォーターガン水球ウォーターボールの超強化版。その威力は、ホブゴブリンを貫通するという。


「紬には俺の護衛をして貰っている。聞いての通り俺は戦えないからな。その点、紬なら物理攻撃が効かないレイスも倒せる」

「今世の中に出ている魔物でしたら私にお任せください。昨夜も、私の権能でレイスを倒せる事は実証済みですから」


どうやら紬は魔法使いのようだ。単純に考えれば、火魔法使い、風魔法使いがいるのだからきっと水魔法使いとかだろう。

レイスという魔物はどうやら物理攻撃が効かないとのことだった。

代わりに魔法にはめっぽう弱く、水球ウォーターボールで十分対処できるらしい。


「二人ともめちゃくちゃ強いっす! 紬もそんな強い権能羨ましいっすよ!」

「うふふふ、光栄ですわ。これも和彦様のご指導の賜物」

「いや指導なんて言うほどのこと何もしてないが。こんなこともできるんじゃないかってアドバイスしただけだ」

「そのような事は御座いませんわ。和彦様のご指導があってこそ、権能の更なる向上を行えたのですから」

「そこまで褒められると恥ずかしいな」

「うふふふ」


二人は仲睦まじく、見ているこっちが恥ずかしくなってくる。


「まあそういう事だから、俺達の権能が強いって思えるならお前の権能も同じくらい強いって人に思ってもらえる権能に育てられる!」

「ほ、本当っすか!? 捜査フォーカスも同じくらい強くなるっすか!」

「お、おう! 任せろ! 何とかしてみる!」

「おー! よろしくお願いするっす、和彦さん!」

「えっ!?」


胸をドンと叩き頷く田中さんに、私は尊敬の眼差しを向け、突然下の名前を呼び出した私に驚く。


「紬も下の名前で呼んでるじゃないっすか。だから自分も下の名前で呼びたいっす!」

「え? うーん……」


田中さんは悩む。


「……ダメ、ですか?」

「うぐっ……、わ、分かった。下の名前で呼んでくれ」


上目遣いで弱々しく、自分のできる精一杯の可愛い顔で頼み込む。人生で初めてこんな事をした。少し不安だったが、田中さんはそんな私を見て、心臓を押さえながら許可してくれた。


「……凪?」


殺気を感じて横を見ると、紬が私が見たこともない目をして私をみていた。


「ご、誤解っすよ! 自分も仲良くしたいだけっすよ!」

「そうですか? 因みに私、寝取られの趣味はございませんからね?」

「ね、ねとられ?」


意味不明な単語だ。文脈からして、おそらく浮気的な言葉だろう。


「お嬢様がそんな言葉使うなよ」

「あっ、つい。失礼いたしました」


横では紬が口元を押さえ、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


「んじゃ、話もまとまったところで、移動を開始するか。紬、凪、二人とも頼むぞ!」

「畏まりましたわ」

「え、ちょっと待ってほしいっす! 何処に行くっすか?」


向かう場所をまだ聞いていない。まさかしらみ潰しでそれっぽい場所を探すわけではないと思いたいが。


「ああ、言ってなかったか。東京都内にあるとある廃病院。そこに今回の事件の元凶がいる」




……。


長くなりそうなので更に分けました。申し訳ございません。


楽しんでいただけましたら、是非フォローと☆3評価を押していただけると執筆の励みになります。どうぞよろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る