第32話 凪story DAY2

次の日の朝、私は目が覚めると朝支度をして、家を出る。

向かう場所は決まってる。


ピンポーン。


「……」


ピンポーン。


「……」


ピンポーン。


「……はい」

「あ、おはようっす! 楠凪っす!」

「帰れ」


ピンポーン。


「……」


ピンポーン。


「……」


ピンポーン。


「お前、マジで警察呼ぶぞ?」

「それは困るっす! ならせめて中に入れて欲しいっす!」

「断る! 帰れ!」


私は扉を思い切り叩く。


「嫌っす! 中に入れて欲しいっす!」


ドンドンドン。


「開けてよぉぉぉ!」

「おいやめろ! 通報されんだろうが!」


通報しようとしていたくせに通報を恐れるとはこれいかに。

結局扉を開けて中に入れてくれた田中さんは、何だかんだで飲み物を用意してくれる。優しい。


「……何でまた来たんだ?」

「そりゃもちろん昨日と同じ理由っすよ。今回の事件、解決するために力を貸して欲しいっす」

「なら昨日も言った通りだ。断る」


取りつく島もないくらいすげなく断られる。

しかし私は諦めない。


「なら自分の言いたいことも分かるはずっす! 諦めないっす!」

「はぁ……」


田中さんがため息を吐く。


「お前、俺以外の職業ジョブ持ち探せよ。あんまり情報は出したくないが、俺の権能は戦い向きじゃない」

「それは薄らと察してるっすよ! でも大丈夫っす! それはこれから探すっすから!」


胸をドンと叩く私に、田中さんは呆れ顔だ。


「これから探すってお前、いいわけねぇだろ。漫画じゃないんだ。武道派キャラが集まる前にラスボスと戦闘になる可能性だって十分あるんだぜ? リスクがデカ過ぎる」

「リスクを恐れたら何も出来ないっすよ!」

「最低限の保険くらい必要だろうが。命懸けになる可能性だって充分あるんだぞ?」

「ぐぬぬ……」


田中さんの正論に、私は呻く事しかできなくなる。


「た、田中さんの権能は戦えないんすよね?」

「ああ、戦闘には完全に不向きだ。言っておくが、俺は喧嘩もほぼした事ないぞ? スポーツ経験もなしだ」

「うぅ……」


言い返せる言葉がない。


「分かったらもう家に帰れ。家に親はいるんだろ? 今日は親と一緒に過ごして家から出るな。俺の予想が合ってれば、これからもっとひどいことになる」

「……分かったっす。ありがとうっす」


真剣な顔で話す田中さんに私は素直に頷く。


「じゃあな。ああ、一応連絡先、教えとくか。ほら……」


そう言って田中さんは連絡先を交換してくれた。


「じゃあ真っ直ぐ帰れよ」

「はいっす……お世話になったっす」


挨拶をして私はとぼとぼと自宅への帰路に着いた。


家に帰ると、珍しくお母さんに怒られてしまった。


「凪! どこに行っていたの! 危ないから外に出ないでって言ったわよね?」

「ごめんなさい」


お母さんの説教を聞き流し、私は自室に戻りベッドに転がる。そして、そのまま眠りについてしまった。


……。


その数時間後、私の耳に微かに響いてきたのは悲鳴だった。


何だろうか、と思って外を覗く。


そこで行われていたのは、昨日テレビで見たゴブリンより遥かに大きいゴブリンが人間を襲っているところだった。

辺りにはもう一人、血だらけで倒れ、呻く女性がいた。他の人達は逃げ惑っている。


その大きなゴブリンが男性の頭を片手で掴み持ち上げ、もう片方の手に持っていた鉈で男性の首を落とす。


「ヒッ!」


思わず窓から離れてしまう。一瞬だけだが、頭から離れた首から血が大量に噴き出るのが見えてしまった。


「オエッ……」


思わず吐き気を催してしまう。

そして、トイレまで行く余裕もなくフローリングに吐き出してしまう。


(な、なんすかあれ……)


覗くのも怖い。テレビで見たゴブリンよりはるかに凶悪で恐ろしく、そして強い。舐めていた。この事態の重さを。


出現するのはゴブリンだけだと思っていた。

ネットニュースでもゴブリンは小学生の子ども並みと書かれていた。だからそれくらいならって思っていた。


しかし、あれはレベルが違う。怖い。


その時、私は田中さんに言われたとある言葉を思い出していた。


「今日は親と一緒に過ごして家から出るな。俺の予想が合ってれば、これからもっとひどいことになる」


私は思わず田中さんに電話をかけていた。


「はいもしもし」

「あ、じ、自分っす! 楠凪っす! あの、田中さんっすか?」

「そうだが、どうした?」


電話に出た田中さんはどうやら外に出ているらしく、背後からは車が通過するような音が聞こえてきた。

私は今目の前で見た光景を思い出し、さっと血の気が引くのを感じながら返事をする。


「あ、あのもしかして今外にいるっすか?」

「ああ、そうだが?」

「そうだがじゃないっすよ! 今すぐ家に戻ったほうがいいっす! やばいのが外を彷徨いてるっすよ!」


私はつい大声を出してしまう。しかし、田中さんの声は変わらない。


「ああ知ってるよ。ホブゴブリンだろ? ゴブリンよりでかいやつ」

「え、な……、し、知ってるならなんで……?」

「まあちょっと色々な。ああ、お前は家の外に出るなよ? ホブは大の大人より強いから」

「え、ちょっ、ええ?」

「じゃあな」

「あ、まっ……」


引き止めようとした時、電話は切れてしまった。


(何であんな平然とした声してるんすか。ホブゴブリンの恐ろしさを知ってなお、何でそんな暢気な声で話してるんすか!)


イライラする。今、私の目の前で人が死んだのだ。大人の男性が頭を持ち上げられて首を落とされた。もしかしたら、田中さんはホブゴブリンの恐ろしさが分かっていないのかもしれない。


それとももしかして……。


私が恐ろしい妄想に走りそうになった時、遠くからパトカーのサイレンの音が響く。


続けて発砲音が響く。

恐る恐る外を覗いてみると、そこにはホブゴブリンの死体と重装備でそれを囲む警察官の姿があった。


その様子に私はほっと一安心する。


「凪! ちょっと来て!」


私はお母さんに呼ばれ一階のリビングに行く。


「凪、ちょっとこれ見なさい!」


リビングでは、ソファーに座ったお母さんが珍しく大声を出している。


リビングではテレビが付いており、そこではリポーターと思われる男性がしきりにこの異常事態について語っている。


どうやらホブゴブリンは日本中で現れたらしく、既に多くの死者が出たらしい。


「さっきも家のすぐそこでパトカーのサイレンが聞こえたわ」

「窓から見てたけど、すぐそこにもホブゴブリンいたよ」

「ええ! すぐに警察呼ばないと!」

「大丈夫だよ、お母さん。もう警察に殺されたから」


慌てるお母さんを私は必死に宥める。


「凪、お母さん怖いわ。何が起こってるのかしら」

「お母さん、大丈夫だよ! お母さんは私が守るから!」

「ありがとうね、凪。パパも今日すぐに帰るって言ってたわ」

「本当に!? よかったー」


この異常事態にお父さんが帰ってくるのは嬉しい。お父さんは仕事で忙しく、今日も出張で帰ってこないはずだった。

しかし、この異常事態を見て家族が心配になってくれたのか早く帰ってきてくれるらしい。


それから私とお母さんはリビングで一緒に過ごした。私はスマホやSNSで今回の事件について出来る限り調べる。

特に職業ジョブについては重点的に調べた。お母さんや周りの人を見る限り、ごく一部の人にしか発現していないらしい。


実際、twitに動画を上げている火魔法使いの人がいるか、そのリプ欄はバッシングの嵐だ。


こんな大変な時に厨二病拗らせるな、とか、お前が燃えてて草とか。

酷いものになってくると、お前みたいな奴が死ねばよかったのに、などがあった。


だが、私は知っている。

彼が本当に特別な力、職業ジョブとそれに見合う権能を授かった事を。


大量のバッシングにより該当のリプは削除されてしまった。

私は連絡を取ろうとダイレクトメッセージを送ったが、返事が来る前にアカウントごと消されてしまった。


他にもいくつか職業ジョブ持ちのツイートがあったが、どれもすぐに消されてしまった。


「お母さん」

「何かしら?」

「この職業ジョブとかいうツイート、どう思う?」


私は写メをしておいた職業ジョブについてのtwitをお母さんに見せる。


「不謹慎だわ! いくら何でもふざけていい時と悪い時の分別くらいつけるべきよ」


お母さんは憤慨し、動画を載せていた人達に怒る。


(あ、聞き方間違えた……)


私は内心焦る。

そういう事が聞きたかったわけじゃないのだ。私が聞きたかったのは、もしも私がこの職業ジョブ持ちだったらどう思うか、だ。倫理観について聞きたいわけではない。


しかし、お母さんは勘違いをしたまま説教をする。


「凪、貴女はこういう分別のつかない人間になっちゃダメよ!」

「わ、分かりました」


内心冷や汗をかきながら、私は頷く。


(相談できる相手がいない……)


凛と澪や紬などに相談しても意味がないだろう。彼女達は恋愛系の漫画以外はほとんど見ない。


両親は二次元どころかノンフィクションにすら興味がない。


田中さんに連絡しようか。だが、田中さんは田中さんで何か忙しいそうだった。そう思うと連絡するのは躊躇われる。


そして、お父さんが帰ってくる。


「楓! 凪! 無事か!」


急いで帰ってきたのだろう。汗だくのままお父さんが私達を抱き締める。


「無事でよかった! テレビでホブゴブリンが家の前に出たのを観た時は肝を冷やしたぞ!」

「おかえりなさい、貴方! 帰ってきてくれて嬉しいわ!」

「おかえりなさい! お父さん!」


私も精一杯お父さんを抱き締める。不安で頭の中がぐしゃぐしゃになりそうだったが、お父さんに抱き締められると安心する。


「明日はずっと一緒にいよう! 大丈夫! ゴブリンだか何だか知らないがもし何か来たら俺が何とかしてやる!」

「嬉しいわ、貴方!」

「お父さん!」


その夜は久しぶりに三人で寝た。こんな大変な時期なのに、何故かいつもより安心してぐっすり眠れた。




明日、地獄が待っているとも知らずに。

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