第16話 ストーカー
それはとある日の事だった。
お姉は委員会の仕事で朝早く学校に行ったので、私は一人で学校に行こうとした時だった。
「あの! おはようございます、凛さん!」
「は?」
駅まで向かう道の途中、突然、40代と思われる男が声をかけてきた。
「あの! 自分は笠原サトシって言います! 凛さん、ずっと前から好きでした! 自分と付き合ってください!」
そう言って頭を下げ、手を伸ばしてきた。
(ずっと前から好きでした? 名前も間違ってるのに? しかもこんな朝の忙しい時に普通声掛けてくる? あり得ないんだけど……)
気持ちが悪い。それが私の率直な感想だった。だから、これ以上なく分かりやすく断ってやった。
「あり得ないから。もう二度と近寄らないで!」
そう言って学校への道を歩こうとする。だが、男は物凄い速さで私の腕を掴んできて、汗まみれの顔を近づけて叫ぶ。
「自分、本気なんです! 本気で凛さんの事が好きなんです!」
「離しなさいよ! あり得ないっつってんの! 警察呼ぶわよ」
「そんな! 本気なんです!」
「知らないわよ! 離しなさい!」
そう叫びながら振り解こうとするが、男の力が強くて引き剥がせない。
(これだから男は嫌いなのよ! 気持ち悪い手で私に触ってんじゃないわよ!)
イライラが募る。手汗でベトベトの手で腕を掴まれていることも、洗っていないだろうベタベタのハゲかかった髪の毛が張り付いた顔を近づけられることも何もかもがイライラする。
しかも、周りの人達はこちらを見て見ぬふり。こちらをチラリと見て目が合うとさっと顔を背け、足早に駅に向かう道を歩いていった。
酷い人だとこちらにカメラを向けて映像を勝手に撮影している奴もいる。
そんなことをしている暇があるなら警察に連絡するなり、間に入って助けるくらいしなさいよ。
全てがイライラする。
(なんで私がこんな目に合わないといけないのよ!)
そう自棄になりそうな時だった。
「おいあんた! こんな朝っぱらから何やってんだ!」
そんな声がした。男の後ろから現れた男性は、荒げた声で私を掴んでいる男の胸ぐらを掴み上げる。
「その子嫌がってんだろうが! こんな朝っぱらから他人に迷惑かけてんじゃねぇ!」
そう言って私の腕を掴んでいる男の手を掴み、無理やり離させる。
「な、なんだあんたは? 関係ないだろ!」
「うるせぇ」
そう言った男性は、男を掴んでいない方の手で私に早くいけと示してくれる。その言葉に甘えて私は学校への駅へと向かう。
「あ、ちょっと!」
「ちょっとじゃねぇ。話なら俺が聞いてやるよ」
それからも後ろから言い争う声が聞こえたが、私は怖くて先を急いだ。
その日は一日、授業が全く頭に入ってこなかった。告白してきた男のこともそうだが、助けてくれた男性に感謝の言葉を伝えられなかった。
一瞬だったから顔も分からず、少しよれた黒のスーツを着て、黒いビジネスバッグを持っていることくらいしか情報がない。
「はぁ……」
窓の外を見ながらため息をつく。
「あら、澪さん、どう致しましたの? 物憂げにため息なんてついていらっしゃって。もしかして、恋でしょうか?」
「そんなわけないでしょ、
そう声をかけてくるのは、この数多の社長令嬢や財閥の娘達が通うこの学園でも五指には入る有名な名家の令嬢、
たまたま席が隣になったという理由で仲良くなった。
性格はおっとりなのだが、恋愛脳そのものでお姉とよく恋愛漫画で盛り上がっている。
恋をした事がない私にはその良さがさっぱり理解できないが。
「あら、そうなのですか? では如何なされたのでしょうか?」
「朝、気持ち悪い男に絡まれて腕を掴まれたの」
「まあ、大変! 急いで保健室、いえ、病院を手配いたしますわ!」
「大袈裟よ」
まだ少し腕が赤いけど、それは別にいい。それよりも気になっている事がある。
「それで、助けてくれた男の人がいるんだけど、感謝しそびれちゃって……、それでずっともやもやしてるの」
「あら! もしかして……」
「恋じゃない」
すぐに恋に繋げようとするのは紬の悪い癖だ。顔も性格もわからない人に恋なんてするわけないじゃない。
助けられたのに感謝の言葉も言えなくてモヤモヤしているだけ。
「あ、紬さん、澪。どうしたの?」
そんな時、委員会の仕事を終わらせて教室に帰ってきたお姉が話に入ってくる。
「それがね……」
お姉にも朝にあった事を話す。
「大丈夫なの!? 腕見せて!」
すると、お姉はすぐに私の心配をしてくれる。
「うん、大丈夫。ちょっと赤くなってるだけだから」
「本当に? 痛みが続くならちゃんと言いなさいよ?」
「分かってる。ありがとうお姉」
本気で私のことを心配してくれる。お姉はやっぱり優しい。荒んだ心を癒してくれる私の大事なお姉ちゃんだ。
だが、それからも笠原とかいう男のストーカー行為は続いた。両親にも相談して、警察に行き、すぐさま裁判所から笠原に対して接近禁止命令が出され、彼を見ることは無くなった。
しかし、住所がバレている為、毎日のように手紙が送られたり、怪しい液体の入ったものが送られてきたりと嫌がらせのような行為は続いた。
「引っ越そう! 家族の安全には変えられない!」
お父さんはそう言ってくれた。だけど、私は納得いかなかった。何故私達が引っ越さなければならないのか。何故被害者の私達が不幸な目に遭わなければならないのか。
(男なんて全員消え去ればいい……)
そんな言葉が頭をよぎる。だけど、すぐにそんな思いは霧散する。
何故なら、赤の他人である私を助ける為に、立ちはだかってくれた人がいるから。
そういう人もいる。そう思えば、まだ私は男性に希望を捨てずにいられる。
だがしかし、引っ越しをしようと次の住居を探している時、両親に急な出張が入ってしまった。会社の大きなプロジェクトで、どうしても外せないとの事で渡米しなければならない、と。
その間、警備会社や警察とも連携して笠原がこの家に近付かないよう警戒をしてくれる為、安全は一応保証してくれる。
(少し息苦しいけど引っ越すまでの辛抱よ)
そんな時だった。このゴブリン騒動が起こったのは。
魔物騒動で警察組織がまともに機能しなくなったことをいいことに、笠原はまた、やってきたのだ。
……。
…………。
………………。
「「「……」」」
澪の話を聞き、俺達は静まり返っていた。だが、沈黙に耐え切れず俺は口を開く。
「……ストーカーか。俺には縁遠い話だったから、本当にいたんだな」
ストーカーなどしたこともされたこともないから実感が湧かない。
「ええ、正直私もストーカーされるまで他人事だった」
「付きまとったらいつかは自分を見てくれるって思ってるのかね?」
「全くよ。あんな気持ち悪いことされてなびく女なんていないってなんでわからないのかしら」
澪は憤慨したように言う。
(ストーカーねぇ……)
俺は考える。笠原とか言う男には同情できる部分はない。彼がやったことは犯罪だし、そもそも好きな女の子の名前を間違えるとか有り得ない。
先程の暴言、及び乱暴にドアを叩いたこともそうだ。同じ男として、こいつはない、そう言い切れる。
澪が嫌うのも当然の事だろう。
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