第17話 撃退

笠原はまた、この家に来るだろう。対策を立てなければならない。


「話し合いで解決しないでしょうか?」

「「しない」」


そう提案する凛に、俺と澪はシンクロして答える。一瞬、凛と目が合い、俺が口を開く。


「ニュースとか見ればわかると思うけど、ああ言う類の人間には精神科の専門医が必要なんだ。素人が何言っても聞く耳なんて持たない」

「そうよ、お姉。話し合いで解決するなら警察沙汰にはならなかったわ」

「そう……」


しかも、先程の暴言や乱暴な行為から見てもとても穏便な解決など見込めそうにない。


笠原が何を目的にやってきたのか。異性との接触がほとんどない二人にはもしかしたら想像がつかないかもしれないが、まず間違いなく性行為、いや、強姦を目的にやってきている。


そんな人間に諦めろ、などと言っても聞く耳なんて持つわけがない。


「不幸中の幸いか分からないけど、笠原はおそらく俺がいることを知らない筈だ。知ってたらもっと暴力的にきた筈だ」


仮にも好きな女の子の家に見知らぬ赤の他人の男がいたら、鉄パイプを持って俺を殺しにきてもおかしくない。

脅すだけに留めたのは次があるって思っているからだろう。


「巻き込んでしまってごめんなさい」


澪が珍しく殊勝しゅしょうに謝ってくる。自分のせいで俺を危険に巻き込んでいると思っているのだろう。

しかし、俺は首を横に振る。


「被害者が謝るようなことは何もないんだ。それに俺は望んでここにいる。澪も言ってたじゃないか。俺達は一連托生なんだろ? 危険も三人で乗り越えよう」

「和彦……」


そういうと、凛も身を乗り出して澪の手を取り、彼女を励ます。


「そうよ! 向こうは一人、こっちは三人。きっと何とかなるわ!」

「そうだ。力を合わせて乗り切ろう!」

「二人とも、ありがとう!」


……。


…………。


………………。


次の日、昼前に笠原は家にまたやってきた。昨日の事で何かを学んだのか、玄関のドアが開いていないことを確認すると、家の周りを徘徊し、鍵が開いている窓がないかを確認し始めた。


そしてトイレの窓が開いていることを確認すると、よじ登り白雪家に侵入した。


「澪ちゃぁーん、どこにいるのぉ?」


そんな声が聞こえてくる。情欲に塗れた40代の男の猫撫で声に、俺は背筋が凍り、吐き気を催してくる。


(おえっ……、おっさんの猫撫で声がこんなに気持ちが悪いとは……吐きそう)


そして一階をざっと徘徊した笠原は二階への階段がタンスによって阻まれていることに気づく。


そして二階へと続く階段の途中の踊り場に澪は立っていた。タンスと天井の隙間から澪を確認した笠原は満面の笑みを浮かべ澪に手を振る。


「あ、澪ちゃぁーん! やっほー、久しぶり! お手紙受け取ってくれた? 会えなくて寂しかったよ!」

「気持ち悪い……。あんたの顔を見るだけで吐きそうよ。というか何で家に勝手に上がり込んでるわけ? 接近禁止命令が出てたはずよ?」

「もう澪たんたらー、お馬鹿なんだから。トイレの窓、開いてたよ! こんな世の中なんだからちゃんと戸締りしないと。やっぱり大人の男性がいないと澪たんは何もできないんだね!」

「キモい」


その言葉が全てを物語っている。俺も同じ気持ちだ。というか、接近禁止命令が出ていたはずなのに、何故か澪達の両親が家にいないことがバレている。


「恥ずかしがらなくていいんだよ。おじさんが澪たんのこと、守ってあげるからね!」


そういうと、笠原は返事も聞かずに二階への階段を塞いでいるタンスに手を掛け、どけようとする。


「よいしょっと!」


そう言ってタンスを持ち上げた時だった。


(今だ!)


その裏に隠れていた俺は収納空間インベントリでタンスを収納する。

それと同時に俺の横に隠れていた凛が手に持っていた催涙スプレーを笠原の顔面にかける。


「うわぁぁーーっ!? 何だ! 誰だお前は!? 何をした!?」


顔を抑えてパニック状態になる笠原に追い討ちをかけるようにスタンガンを押し当てる。


「ぐあぁ!」


そんな叫びを上げながら倒れる。ついでにその手に持っていたバールのようなものが床に落ち音を立てる。これで窓ガラスを割って侵入でもするつもりだったのだろう。


俺は落ちたバールを横目に、さらに追加でスタンガンを当て十分痺れさせた後にガムテープで体をぐるぐる巻きに縛る。


そして最後に口をガムテープで塞ぎ、笠原の無力化を終える。


「「やったー!」」

「ふぅー割とあっさりだったな」


痺れが取れてきたのか暴れる笠原を見下ろしながら俺は息を吐く。


「んーんー! んー!」


笠原の血走った視線は俺に向けられており、その瞳には憎悪が見て取れる。好きな女を寝取られたとでも思っているのだろうか。

実際は一切手出しなどしていないが。


「ふん、こんな時に窓の鍵なんてして忘れるわけないじゃない! ばっかじゃないの?」


凛も階段を降り、笠原を見下ろしながら罵る。


(まさかこんな単純な手に引っかかるなんてとは)


笠原対策として白雪家の両親が買っていた防犯グッズがあったので、それを利用させてもらったが、どれもある程度接近する必要があったのでこういう手段を取ることになった。


この家には女の子二人しかいない。ならば、どうかかってこられようと男の自分なら何とかなる。


そう思っていたのかもしれない。

元々ゴブリンが徘徊しているような世界でドアをあんなに強く叩くような短絡的な男だ。

自分にとって都合のいい思い込みで生きてきたのだろう。

今も、俺の事をまるで何もしていないのに突然自分のことを攻撃してきた非人道的な人間と言わんばかりの目で見ている。


「さて、こいつどうするかね……」


此処においても邪魔なだけだ。ただでさえ食料が枯渇しそうなのだ。その上、成人男性一人分の食料なんてとても支えられない。


とりあえず話だけでも聞いてやろうと思い、俺は屈んで笠原を間近で見る。

すると、笠原の表情が一変した。驚愕、羨望、怒り、嫉妬。それらをない混ぜにした様な目でみてきたのだ。


「……?」


突然の笠原の変化に疑問を持ちながらも俺は笠原のガムテープを取る。


「あんたは……あの時の!」

「え……、あっ!」


素顔を間近で見て思い出した。


「お前、あの時のナンパ野郎じゃねぇか!」


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