第15話 訪問者
それから議論を重ね、今できることをやる。
使っていない服や鞄、使ってない布団やらなんやらを全て
なんならこの家一軒丸ごと入れられるので、まだまだ余裕がある。
「引っ越したみたいになってるわね」
「ふふ、そうね」
俺が使わない食器などを
さらに使ってない水筒やタッパーなどを使い、少しでも多くの水を蓄えておく。
食料品こそなかったものの、日用品などはそこそこ備蓄があった為、無くなったら俺が出すという感じでいいだろう。
たまに、何かわからないものがパンパンに詰まったバッグを渡され、少し顔を赤らめた澪に、
「中身は絶対見ないで。見たら許さないから」
と言われて受け取った物もある。きっと下着や生理用品とかなのだろう。女の子は大変だ。
俺は分かった、とだけ言って極めて感情を表に出さないようにしながら受け取り、
結果、家具などはほとんどなくなってしまい、少し寂しい内装となってしまった。代わりに俺の
そう考えた時だった。
ガチャガチャガチャ。
室内にそんな音が響き渡る。
俺達三人は一瞬、身体が硬くなり、頭が真っ白になる。
(来たか! だけど早過ぎる!)
覚悟はしていた。だけど、もう数週間は行けると思っていた。
(どうする!? 逃げるか!? 三人で? どこに? 家を囲まれていたらどうする? 逃げられない?)
思わず思考の渦に引き込まれそうになった時だった。
後ろから僅かに
後ろを見ると澪と凛が手を繋いで不安そうな瞳で俺を見ている。
(そうだ、俺がしっかりしなければ!)
ここにいる大人は自分だけだ。そう思うと勇気が湧いてくる。
そして二人に向き直り、
「俺が見てくる。二人は何かあったらこれ使って身を守ってくれ」
そう言うと二人は怯えながらも受け取ってくれる。
しばらくすると、ガチャガチャという音は止まった。だが、今度はドンドンドンというドアを叩く音が室内に響く。
俺は
(ゴブリンか、ホブか……。オークはねぇだろうな。だが、新しく召喚された魔物の線も捨てきれない)
扉を叩く音の強さから人間に近いように思われる。これ以上音を出されると、さらに多くの魔物を呼ばれる可能性がある。
虫よりも大きい動物など殺したことがない。だが、やらなければならない。緊張で手足は震え、手汗で包丁が滑りそうになる。
(殺す! 俺はゴブリンを殺す! ホブゴブリンならタンスで道を塞いで逃げる!)
他の魔物の可能性を考えるとキリがないし、考える時間もない。二択を信じるしかない。
そう思った時だった。
「おい! 中にいるのは分かってんだぞ! ここを開けろ!」
そんな声が聞こえた。
「は?」
頭が真っ白になる。意味がわからない。緊張やらなんやらが全て消え、頭の中が空っぽになり、思考が途絶える。
唖然。
(人? それとも人語を操る魔物?)
魔物が闊歩する世界になったこの国で、ドアをあんなバンバン音を立てるような人間が本当にこの世に存在するのだろうか。
大通りに面しておらず、小道にゴブリンはあまり見かけないとはいえ、あんな大きな音を立てればゴブリンの耳に届く可能性だってある。
しかもそれなりの時間、あんな場所でガタガタ音を立てるなど狂気の沙汰としか思えない。
(中にいるのは分かってる? 何故わかる? ブラフ? それとも、まさか家に入るのを見られてた? なら隣人か?)
注意深く周りを警戒しながら家に入ったものの、それは魔物に対してだ。他の家の窓など気にしていなかった。
「腹が減って死にそうなんだ! 開けてくれ!」
少なくともそんな大声を出せるようなやつはまだ全然死ぬことはないだろう。
声を掛けるべきか、居留守を使うか。
このままガタガタやられればゴブリンがやってくる可能性が高まる。いや、もしかすると既にゴブリンがやってきているかもしれない。
(くそ迷惑な野郎だ! 早くどっか行けよ!)
心の中でそう罵るが、男は扉の前から離れない。
「おい! いるんだろ! ここを開けろ!」
この男は危険だ。そう直感した俺は、結局無視し続けることを選択した。
それから暫く、男は喚き続けていたが、ずっと返事がないことで諦めたのか、最後にドアを蹴っ飛ばして離れていった。
「……」
音がしなくなって数分、俺はその場から動かず、些細な音も聞き逃さないとばかりに聴覚に集中する。
しかし、どれだけ待っても音がしない。どうやら本当に帰ったようだ。
安心した俺は、包丁を
そして二人がいる部屋に戻り、ゆっくり扉を閉める。
「はぁぁぁぁーーーーー」
緊張が解けた俺は扉に背を預けずるずると座り込む。そしてナイフをこちらに向けたままの姿勢で固まっている二人に笑顔を向ける。
「二人とも、一先ずもう大丈夫だから安心していいよ」
「……ほ、本当に?」
「……あの、さっきの人は?」
二人は男の怒声に怯えてしまっており、震えていた。
「俺にもよくわからん。ただ二人に謝らないといけない事がある。とにかくナイフを渡して座ってくれ」
座布団を出しながらそう促すと、恐る恐る俺にナイフを返し、床に座ってくれた。
「あの男、中に人がいるのが分かっていたみたいなんだ。もしかしたら俺がこの家に入る時に見られたのかもしれない。だとしたら、本当に申し訳ない」
俺はあぐらのまま、時代劇の武士のように深々と頭を下げる。もしあんなやばいやつを家に引き連れてしまったのだとしたら言い訳のしようもない。
「……その、多分それはないと思います」
「えっ……!?」
何故そう言えるのか。その疑問に澪が答えてくれる。
「声聞いてて思い出したの。ゴブリンが現れる前から私達に声をかけてきた男だって。少しくぐもってたけど、間違いないわ」
「え、それは……もしかして知り合いだった?」
だとするのなら、何故二人は降りてこなかったのか。何故あの男はあんなにガタガタ音を立てながらドアを引いていたのか。
「違うわよ! 毎日毎日家を出たら声をかけてきて、手紙をポストに入れたりゴミを漁られたり! しまいには勝手に写真をとったりしてきて! ほんっとに気持ち悪い!」
男の正体は……ストーカーだった。
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