第13話 呼び名

次の日、目が覚めた俺は真っ白な天井を眺めながら考える。


もしかしたらオークがこの家を襲うんじゃないかと思っていた。しかしそんな事はなく、たまに響く破壊音もしなくなっていた。


この異常事態はいったい何なのだろうか。


魔物は自然発生したものなのだろうか。


しかし、それにしては戦略立てて魔物は出現していた。


最初に弱いゴブリンを少し出すことによりこちら側の気を抜かせ、次に強いゴブリンを出すことで被害を拡大させ、一般人を室内に封じ込める。


そして、それを解決しようと公的武力が表に出てきたところでレイスを使って操る。


そこで国が麻痺し始めたところで電波を何らかの手段で乗っとりインフラを止めた。


どう考えても作為的としか思えなかった。


だが、それにしてはゴブリン、ホブゴブリンの運用が少し雑なようにも思える。このタイミングでのオークもよく分からない。もし引きこもった人間の炙り出しだとしたら、情報の遮断された世界で日本人がゴブリンの闊歩する街に繰り出すだろうか。


(日本人なら引きこもり続けるような気がするけどなぁ……)


アメリカなどと違い、一般人が武装できるものといえば包丁くらいのものなのだから。

日本は地震などの震災もあり、基本的に食料の備蓄もまだまだある家が多いはず。水もまだ出る。オークを出すのは早い気もする。


もしかしたらゴブリンなど出す事はできても操作まではできないのかもしれない。操作できる数に限りがあるなども考えられる。


日本中に湧かせているのだとすれば、操作できないのも納得だ。


もしこの世界がゲームやアニメの世界になったのだとしたら。仮に、魔物をこの世界に出現させているゲームマスターやダンジョンマスターのような人間がいたとしたら、次はどうするだろうか。


そこまで考えて、俺は思考の海に沈むのをやめる。ここから話し合った方がいいと思うからだ。


昨日と違い、俺は階段を降りて洗面台に立つ。既にリビングには人の気配はする。


ざっと顔を洗い、カミソリで髭を剃る。電動を扱いたいところだが、音がするものは極力避けなければならない。


(まあ、こんなものだろう)


やはり電動のものよりは不満が残るが、問題ない出来だろう。


「おはようございます」

「おはようございます」

「貴方、一階に降りてからどんだけ時間かけてるのよ」


リビングに入って早々に澪にお小言を言われてしまう。


「すみません。社会人として身なりは大切ですので」

「誰も気にしないわよ、そんなの」


ひどい言われようだ。


「うちの妹がすみません」

「いえ、構いませんよ。お二人はご飯は?」

「まだよ! だから待ってたんじゃない!」

「あ、そうだったんですか。それは失礼しました」


待ってくれたのか。30分も。何それ、嬉しいんだけど。


「何その目?」

「いえ、待っていただけるなんて思わなくて……」

「お湯を二回も沸かすのが面倒なだけよ!」


ああ、なるほど。


「お湯、沸かしますね」


家族でアウトドアをした事があるとの事でキャンプ用品の簡易ガスコンロがあったため、そちらでお湯を沸かす。


「結局オークは来なかったわね」

「そうですね。まあ地響きの回数も少なかったですから、確率的にはこんなものかと思いますが」

「それはそうだけど……」

「お気持ちはわかりますよ。昨夜の地響きは少な過ぎました」

「それは……」

「もちろん、被害は少ない事は喜ぶような事だと思います。ですけど、不幸中の幸いというには少し……」

「あの! 敬語、やめませんか?」

「え?」


突然なんだ。話をぶった斬り、凛が提案をしてくる。


「そうね。昨日、貴方が外に行ってから二人で話してたの。普段から敬語、使ってはないわよね?」

「ええ、まあ」

「だったら自然体でいいわ。これからは一蓮托生なんだから」


確かに敬語を使い続けるのも疲れる。だから俺はその言葉に甘えることにした。


「じゃあこれからはこっちで。二人のことは澪と凛って呼んでいいかな?」

「はい! 私も和彦さんってお呼びしますね!」

「苗字一緒なんだから別にいいわよ、和彦」


(うっ……、お嬢様学校の女の子に下の名前で呼ばれるとか……)


彼女はおらず、仕事仲間はいても友人と呼べる存在など久しくいなかった。そんな俺にとって、女の子からの下の名前で呼ばれるのは妄想の中でしかあり得ないことだった。


「何一人でニヤニヤしてるの、気持ち悪いわよ」

「ああすみま……、ごめんごめん。仕事が忙しくてプライベートで名前を呼ばれるの久しぶりだったんだよ」

「ぼっちじゃん」


澪が痛いところをついてくる。


(べ、別に好きでぼっちやってるし。友達とか作らないわけじゃないんだからね!)


などと心の中でツンツンしてみたものの虚しくなるだけだ。


「あ、あの! 彼女さんとかは……?」

「いたら真っ先に飛んで行ってるよ。もちろん独り身だ」

「そうなんだぁ、よかったー」

「よかった?」

「あ、いえいえ何でもないです!」


凛が顔を真っ赤にして首を横に振っている。

ライトノベルやアニメならここで彼女は俺に惚れている、などという展開だろう。


だが、現実の俺は勘違いなどしない。顔を真っ赤にしているのはきっと恋愛ごとになれていないからだろう。先程のよかった、も恐らく俺に彼女がいたらここには来なかったからだ。


澪はため息をもらすが、それもきっと何本音をバラしてるの、のため息だろう。俺は勘違いなどしない。


「二人のご両親はアメリカだってね。あっちは日本と違って銃社会だから、無事そうだね」

「連絡が取れなくなる四日目の午前までは無事の確認が取れてます! それに軍人の知り合いの方の家に泊まらせてもらってるようなので多分無事だと思います」

「それはよかった」

「そっちよりも今は私たちのことよ。武器もろくなものがないし、和彦が持ってきた食料も何週間も持たないわ。このままだと結局また外に出なきゃいけなくなる」

「国がレイスの対処法とか思いついてればいいけどな」


アニメや小説でのレイスの倒し方といえば、専ら魔法である。


(とはいえ、この世界には魔法なんて……、いやある!)


忘れていた。俺も一応魔法使いだ。『空間魔法使い』というレイスに対抗出来そうにない魔法使いだけれど。


(30歳になってないけど魔法が使えるようになったんだな、俺)

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