第8話 外出
次の日の朝、俺は目を覚ます。
一ヶ月ぶりに早く寝られたからか、なんだが目覚めがいい。電気をつけなくても優しい朝日が部屋を明るくしてくれる。
そう言えば今日は変な夢を見た。真っ白い部屋で寝てる夢だ。ただそれだけの夢だ。
だが、なぜか違和感を感じる。
(何故だろうか。記憶の一部分が強く刺激されるような……)
大事なことを忘れている様な、それでいて思い出せそうな変な気分だ。
しかし、しばらく考えても思い出せないので、諦めて洗面台で歯を磨き、身なりを整える。
それからリビングに向かう。
「あ、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
「あ、おはようございます。お二人ともお早いですね」
時計を見るとまだ朝7時。ブラック企業に勤めている俺からすれば少し遅いくらいだが、それでも学生からすれば早すぎるくらいだ。
「ふん、貴方には関係ないじゃない」
「こら、澪! すみません妹が」
「いえ、警戒するのは当然のことだと思いますからお気になさらず」
これあくまで直感だが、二人は男性との付き合いがあまりない様に感じる。二人とも男性との付き合い方や距離感が掴めていない様に感じるからだ。
「学校に通うために、いつも7時半には家を出ますから」
「なるほど。ちなみにどこの高校かお聞きしても構いませんか?」
「いいわけないでしょ! この変態!」
「あ、すみません」
特に何か考えて質問をしたわけじゃないが、たしかに昨日出会ったばかりの男性に高校など聞かれたら警戒するのは当然だろう。
そう思って頭を下げるが、凛が庇ってくれる。
「もう、澪! 高校名くらい別にいいじゃない。私達二人とも帝桜女学院です」
「もう! お姉ったら!」
「あー、なるほど……」
知ってる。テレビでも度々紹介される全国的にも有名なお嬢様学校だ。
学費だけで、残業代と休日出勤のおかげで同年代よりも高い給料を貰っている俺の年収が一年で吹き飛ぶ金額を取る、正真正銘のお金持ちの学校だ。
「お姉! 昨日といい今日といい男に警戒心なさすぎ! 男なんてケダモノなんだから信じちゃダメ!」
「ちょっと、澪、声が大きい」
澪さんが顔を赤くして怒鳴る。それを凛が宥めている。
「す、すみません。確かに今のは良くなかったです」
確かに短い間で距離感を詰めすぎたかもしれない。澪からすればただでさえ、家に赤の他人である男がいるのが嫌なのだろう。それを思うとすごく申し訳ない気持ちになってくる。
「い、いえ! 昨日は貴重なお菓子を分けてくれましたし!」
「ふん! あんなのじゃ全然足りないわよ!」
「こら!」
澪のいいたいこともわかる。確かにあれでは全然足りないだろう。
カロリーメーカーは栄養調整食品であって、こんにゃくやゼリーなどと違ってダイエット食品ではないのでお腹に溜まるものでもない。
俺も昨日一つ四欠片入りを食べたが、全然食べた気がせず、お腹はガッツリしたものを欲している。
とはいえ、ないものはないのだからしょうがない。
「とはいえ、食料問題は早く解決したいというのは私も賛成です。ただ、昨日もお伝えした通り、コンビニやスーパーは危険ですよ。食料品があるところにはゴブリンもいると考えていいと思います」
コンビニレベルの大きさでゴブリン三匹にホブゴブリンがいたのだ。その数倍の大きさを誇るスーパーにはどれだけの数のゴブリンやホブゴブリンがいるのが想像もつかない。
「そ、そうですよね……」
「あ、あんなの敵じゃないわよ……」
凛が震え、澪が強がる。
「澪さん、ゴブリンを侮らない方がいいです」
「はぁ? 貴方のいうことなんて……」
「油断すれば大事な人を亡くすことになります! 私は……私はホブゴブリンに殺される人間を目の前で見ました。そして、知り合いがゴブリンに脳味噌を食べられるところもです」
「ヒッ……」
「うっ……の、脳味噌……?」
凛が露骨に怯え、澪が口を押さえる。
「はい。貴女達より大きくて力のある大人の男性が頭をかち割られて垂れ流す脳味噌をゴブリンが食べているのをこの目で見ました。澪さんは大事な人をそんな目に味合わせたいのですか?」
「……」
「私を警戒するのもわかります。信じられない気持ちもわかります。ただ、油断するのはやめてください」
「わ、分かったわよ」
真剣な俺の態度が伝わったのだろう。澪も素直に頷いてくれた。
「それでご飯についてなんですけど、今日明日辺りに私の家に取りに行こうかと思ってます」
「え、危険では!?」
「ええ、危険です。でも、時間が経てば経つほど魔物が増えるでしょうし、その分、期間も増えます。ならば早ければ早い方がいいと思います」
昨日のことを思い出しながら話す。俺は昨日、小道とはいえ、ちゃんと舗装された道を歩いていたのだ。それにも関わらず、移動中、俺はゴブリンには出会わなかった。人が多いところに移動したのか、それとも夜行性なのかはわからないが、とにかくまだ危険は少ない。
「確か新しい魔物は基本的に午後に出てくるんですよね?」
「はい。レイスは夜でしたけど、他は基本的に午後でした」
「なら今日昼前、11時にくらいに一回自宅に戻ります。自宅にならインスタント食品が大量にありますから三人分のご飯くらいは賄えると思います」
「はぁ? 本気で言ってるの?」
「そんな、危険です! それなら私も……」
善は急げ。そう思い、早めの行動を提案する。だが、澪は呆れた様な顔で、凛は驚いた顔で諫める。
「食料はいずれ底をつきます。そしたら私が貴女方に出せるものがなくなってしまします」
優しいのだろう。他人とは言え俺にだけ危険な仕事をさせることに罪悪感を感じている様だ。しかし、俺は心を鬼にして首を横に振る。
「そんなこと出来ません! 私達のために一人で危険な場所に行くなんて! 私達何もしていないのに……」
「いや、何もしてないなんてことはないですよ。家に住まわせてくれたじゃないですか」
人の家に住まわせてもらっているのだ。彼女達達は俺に家を、ならば俺は彼女達に何か返さなければならない。
ギブアンドテイク。立場は公平でなければならない。そうでなければこんな危うい関係、すぐに破綻する。
「でも、家なんて……」
「いえ、衣食住なんて言われるほど住は大事なものですよ。なら私は食を担当しませんと公平じゃないです」
俺は肩をすくめ、戯けた様に言う。
「でも……」
「お姉、もういいじゃない」
「え?」
まだ引き留めようとする凛を止めたのは澪だった。
「本人が一人で行くって言ってるんだからもう行かせてあげればいいじゃない」
「でも……」
「その代わり、ちゃんと生きて帰りなさいよ! 怪我とかしたら許さないんだから!」
指をビッと突き出しながら凛に笑顔が溢れる。
(帰ってこなかったら、じゃなくて怪我したら、か。まじあったけぇ……)
これだけで危険を冒す価値がある。
そして11時。
空になったバッグを背負い、ベランダの窓ガラスの前に立つ。
「では、行ってきます」
「必ず! 必ず無事に帰ってきてくださいね!」
「ふん! 精々一杯ご飯持ってきてよね!」
「はい、無理せず頑張ってきます」
そう言い残し、俺はゴブリンがうろつく街に繰り出していった。
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