第9話 人間
街はまた様変わりしていた。ベランダから出た俺は門戸からは出ず、裏の塀をよじ登って小道に入ったのだが、自宅に向かってわずか2分、ゴブリンが2体連れ立って街を闊歩していた。
「ギシシシシ」
「ギャーギャー!」
時折、人間達を挑発する様な声を上げながら手に持っている包丁を振り回していた。
(囮だろうな)
しかし、あんな見え透いた挑発に引っかかるような馬鹿な人間はいないだろう。
知能指数がその程度なのか、はたまたそれを分かった上での囮なのか。
ゴブリンはあまり頭が良くない様に思える。何故なら人間を全く恐れてないから。人間に殺されたゴブリンは決して少ないはずだ。にも関わらず、まるで何も恐れるものはないと言わんばかりの無警戒で街を闊歩しているからだ。
逆にホブゴブリンは違う。彼等には囮を使う、と言う最低限の知能を備えている様に思える。昨日もコンビニの前でたむろしていたゴブリンは恐らく囮だったのだろう。
それはつまり人間に対して恐れを持っていると言うことだ。同族を殺され、人間は自分達を殺し得る存在であると認識をしている。
(とはいえ、あくまで最低限だけどな)
警戒はしている、程度ではあるのだろう。人間と同じだけの知能指数があるのなら、コンビニなんて防犯設備も整っていないところを呑気に拠点になんてしていないだろう。
ゴブリン達をやり過ごし、自宅への道を急ぐ。
それからもう一度ゴブリンを見かけたが見つかることはなく自宅へと着いた。
(明らかにゴブリンが増えている。昨日にまた追加が来たのか、それとも人間が家に篭ったから出てきたのか……)
そんなことを思いながら、身を低くして階段を登る。細心の注意を払い、自分の音はもちろん、ゴブリンの足音、布切れの音などにも最新の注意を払う。
一階、二階への踊り場、二階、三階への踊り場。
神経をすり減らしながらゆっくり進むが、音はしない。ゴブリン達は裸足だからコンクリートを歩けば音がするはずだ。
そして、三階へとたどり着いた。
「うっ……」
三階への階段を登ったところには佐藤さんの死体が未だ放置されていた。
昨日と違うのは頭だけではなく、服は完全に脱がされており、内臓も食い荒らされた後だったというところだった。
ようつべで、サバンナで肉食動物に食い荒らされた草食動物を見たことがある。佐藤さんの死体はその草食動物と全く同じ有様になっていた。
肋骨の骨と肉が剥き出しになっており、空洞のお腹は不自然なほど凹んでいる。そこにハエが集っており、蛆虫を植え付けていた。吐き気を催すには十分すぎる光景だ。
心の中で合掌し、出来るだけ死体を見ない様に顔を背け、自分の部屋へと向かう。
俺の部屋の扉は予想通りこじ開けられており、中は泥棒が入ったかの様に荒らされていた。
冷蔵庫やトイレの扉、食器棚に至るまで全ての扉は開けられ、床には物が散乱していた。
しかし、どうやらゴブリン達は俺が部屋にいないと分かったのだろう。室内には何も居なかった。
そのことに安堵しつつ、急いでバッグにカップラーメンやレトルトのご飯、レトルトカレーを詰めていく。
そして、行きより遥かに重くなったバッグを背負って部屋を出る。
家からここまで30分。危険の増す正午までまだ余裕がある。
この調子なら余裕で帰れる。
そう思った時だった。
帰りの小道から二人の男が出てきて、俺の前に立ち塞がった。片方は大柄で、身長190センチを超えており、もう一人は170前後の中肉中背の二人組。真っ黒な服に真っ黒なズボン、顔には目出し帽を被り、どちらもその手には金属バットを持っており、とても友好的には思えない。
「……何か御用ですか?」
レイスに操られているのかもしれない、などと言うことを頭の片隅に入れ、いつでも逃走できる体勢に入りながら聞いてみる。
すると、大柄の方が潜めた声で聞いてくる。
「あんちゃん、そのバッグ、さっきは空だったよな? 何が入ってるん?」
レイスに操られた人間は喋らない。それはつまり、普通に生きている人間だと言うことだ。
しかし、雰囲気が穏やかじゃない。しかも、俺がここを一度通ったことを見ていたらしい。
「申し訳ないが、それをあんたらに教える必要はないかと」
「くっくっ、まっ、確かにそうやな」
不穏な雰囲気を感じた俺は今来た道を戻ろうとする。しかし、後ろからも一人同じ様な装備をした男が出てきた。
「逃げ道ないで、あんちゃん」
「……人間襲う勇気があるならコンビニでゴブリンでも殺せば、こんなしょうもないことせずに大量の飯が手に入るが?」
「あんちゃん、この辺のコンビニにはあのデカブツがいることは知ってるんだろ? 人間から奪った方が危険が少ねぇんだわ」
新しい情報だ。やはりこの辺りのコンビニにはあのホブゴブリンが縄張りにしているらしい。
「……俺の自宅にはまだこれよりももっと多くの飯がある。それで手を打つ気は?」
「あんちゃん、自分でも成立しないって思ってる交渉は口に出すもんじゃないぜ? あんちゃんが嘘つかないって保証はねぇんだからな」
「……身分証を渡すって言っても?」
「飯が本当にあるかわかんねぇって話だ」
「……」
飯はまだまだある。しかしそれを証明できない。
「さて、時間が惜しい。問答はここまでだ。で、どうするあんちゃん? 素直にそのバッグを渡してくれるなら傷付けずに帰してやるが?」
「……」
(どうする? どう逃げる?)
細い小道。一本道の前後を挟まれている。壁をよじ登ろうとすれば、その間に捕まるだろう。
じゃあバッグを渡すのか。それは嫌だ。感情的にもそうだが、無事に帰してくれる保証がどこにもない。
そこまで考えた時だった。
ガサガサ。
塀の後ろから何かが動く音がした。
(なっ! 四人目!?)
驚き、思わずそちらの方を向いた瞬間、大柄の男がその身に似合わない俊敏な動きで近付き、俺の頭にバットを振り下ろす。
一瞬の意識の隙間を突かれた俺は、頭に強烈な一撃を食らってしまい、そのまま意識を失ってしまった。
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