第7話 食料
「ということは結構人が家にいるってこと?」
「はい、恐らくですが、部屋にこもっている人は多いと思います」
(よかったー、避難に置いてかれてなくて)
どうやらまだ避難などは行われていなかったらしい。危ない危ない。スーパーとか行かなくてよかった。まず間違いなく閉まってただろうし、そもそも人がいない可能性の方が高かった。
心の中で冷や汗をかいている俺を見て、澪が胡散臭そうに聞いてくる。
「あなた、本当に記憶ないわけ? 嘘ついてるんじゃない?」
「い、いえ、本当にないです! 今聞いた話も全部初耳で何がなんだか……」
俺はまだ夢でも見ているじゃないかと思わずにいられない。仕事が終わって、夜に眠って、目が覚めたら世界が大変なことになっていたなんて誰も思わないだろう。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、ありがとうございます。ただ少し時間を頂ければ」
俺の顔色は相当悪かったのだろう。
凛が心配そうにこちらに声をかけてくる。
今は一人になりたい。そう思った俺は客室に戻ることにした。
「あ、はい。また明日お話ししたいです」
「ええ、ぜひ。お休みなさい」
「おやすみなさい」
「ふんっ!」
凛は俺に対してお辞儀をし、澪は俺に冷たい眼差しで顔を背ける。
リビングから出て、客室へと戻る。
情報量があまりに多すぎて頭がパンクしそうだ。
あまりに短い間に多くのことが起こったせいか、まだ日が落ちて間もないというのに、頭が睡眠を欲している。
話を聞いて、今でも現実を受け入れられないでいる。
だがいつまでもうじうじとしてはいられない。ここには女子高生が二人もいるのだ。赤の他人である俺を自宅に招いて入れてくれる優しい女の子達だ。
(ここには大人は俺しかいないんだ! 俺がしっかりしないと!)
そう意気込むと、不思議と力が湧いてくる。一人ならきっと俺は底なしに落ち込み、頭を抱えて動けなかっただろう。
しかし、大人の自分が引きこもってしまっては彼女達を不安がらせてしまう。
あの子達を守らなければ。勝手ではあるが、そんな思いが俺の心を強くしてくれる。
彼女達の両親は海外に出張中だった様で、二週間以上前からこの家には二人しかいなかったらしい。
そして、二人とも料理ができる様で、基本的に買い置きなどはしていなかった。買い物をしたのもゴブリンが出る五日も前からで食料はほとんど底をついてしまっていた。
まさかゴブリンが出て買い物に行けなくなるなどとは想像もつかなかっただろう。
とはいえ、俺が家から持ってきた食料を節約して食べても一週間持たない。もしも、毎日新しい魔物が出現するのだとすれば、動くのが遅ければ遅いほど危険になる。
(どうするか……)
俺は貴重な水をたらい一杯分だけもらい、タオルを濡らして身体を拭きながら、この先のことを考える。
自宅に帰れるのならカップラーメンやレトルトカレー、レトルトのご飯が大量にある。
出不精のため、買い置きを大量にする性格なのだ。たまに賞味期限の切れたカップラーメンが見つかる程である。
彼女達と分け合っても一ヶ月以上は食べていける量がある。
コンビニに行った記憶を思い出してみるが、ゴブリン達はカップラーメンなどは食べていなかった。
日本人からすれば当たり前に食べているカップラーメンだが、文字も読めないゴブリンからすれば、そんな複雑なものは作れないのだろう。
硬いし味もしないインスタント麺よりも、開けるだけで食べられるお菓子類の方が美味しいし食べやすい。
自宅には電子レンジやお湯を使わずに食べられるものはほとんど置いてない。ゴブリンが持っていけるものと言ったらペットボトルのお茶や、冷凍庫に入れておいた、すでに溶けてドロドロになっているであろうアイスくらいだ。
ゴブリン達が俺の部屋に居座る意味などないはず。幸い、この家から自宅は近い。歩いて10分もかからない。
推論に推論を重ねているが、そもそもまともな情報が少ないので現状で分かっていることでやるしかない。
とりあえず数日分の食料はある。今すぐに考えなければいけないようなことでもない。
そう考えて、自分の家より遥かに質の良いベッドで眠りにつく。
安心安全とまではいえなくとも、屋根があり戸締りのされている家で眠れる。
今ほどそれが幸せなことだと感じたことはない。
ベッドに入って数分、そのまま深い眠りについたのだった。
その日、不思議な夢を見た。
真っ白い空間だった。本当に何もない、ただの真っ白い空間。眩しくないくらいに適度に明るくて、それでいて居心地のいい真っ白な空間。
そこで俺は横になっていた。ぼやけた視界に映るのは数十メートル先の真っ白な天井。
ああ、まだ夢を見ているんだ。
どうせ見るのならもっと面白い幸せな夢を見たかった。
そう思いながら、また目を閉じた。
DAY1。
ゴブリンが現れたその日、ネット上ではこんな噂がまことしやかに囁かれていた。
曰く、深夜に突然痛みで目が覚め、何者かの声を聞き、特殊な能力を授かった人間がいる。
曰く、突然魔法が使える様になった。
曰く、今まで剣道などもやったことがないのに剣術が達人レベルまでになった。
だが、そんな噂はゴブリン達の騒動によってすぐにかき消されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます