第5話 姉妹
こちらを覗き見る黒い瞳。ちゃんと人間の瞳だ。それを見た俺は思わず声をかけた。
「あ、あの……すみません勝手に入ってしまって!でも、その、行くところがなくて……」
ライトノベルだと、可愛い女の子が言う様なセリフだな、などというアホみたいなことが一瞬頭をよぎったが、すぐに消し去る。
こっちは真剣なのだ。行くところがないのも本当だ。スーパーが無事な保証はどこにもないのだし。
周りに注意を払った小さい声とはいえ、窓ガラス越しでもちゃんと聞こえたのだろう。
ほんの少しの間。
ガチャリ。
女の子の様な小さな手がカーテンの裏から伸びて、閉まっていた鍵を開けてくれた。
そして、カーテンを開けて窓ガラスを開いてくれた。
「ど、どうぞ、早く中に!」
可愛らしい女の子の声でそう言っているのが聞こえた。
これは中に入ってきてもいいということだろう。
(やった! 入れてくれた!)
叫び出したい思いをグッと堪え、俺は心の中で歓喜する。
俺は急いで窓ガラスに近づき、ゆっくり慎重に中に入る。人の家独特の匂いに涙が溢れそうになるもののなんとか抑え、家に上がらせてもらう。もちろん靴などもちゃんと回収した。
家の中は落ち着いた雰囲気のあるリビングだった。大きなソファーや机、ピアノなどの質から、かなり裕福な家庭であることが伺える。
スルスルスル、ガチャン、カシャ。
後ろから聞こえた窓ガラスを閉める音に振り向くと、そこに立っていたのはやはり女の子。それも顔立ちはかなり整っており、可愛らしい。髪は黒髪のロングで艶だっていた。
だが、一番驚いたのはそこに二人いた事だ。瓜二つの顔を持つ双子の女の子。こちらを見て
てっきり一人しかいないと思っていたので、動揺しつつ、しっかりとお礼と自己紹介をする。
「あっ、じ、自分はIT系の会社でシステムエンジニアやってる25歳、田中和彦と申します。この度は助けていただいてありがとうございました」
(やべぇ、いらないことまで言った気がする)
少なからず人と接する会社で働いているので人見知りではないはずなのだが、助けられた安堵と可愛い女の子に対面したことに動揺してしまいどもってしまう。
「い、いえ……困った時はお互い様ですから。あ、私、白雪凛と言います。それでこっちが妹の」
「白雪澪です」
白雪凛、と名乗ったお姉さんの方は赤いヘアピンを、白雪澪と名乗った妹の方は青いヘアピンを髪にさしていた。
それ以外にも、お姉さんの白雪凛の方はくりんとした大きな瞳で、かつ不安そうにしてはいるものの柔らかい瞳をしている。
逆に妹の白雪澪の方はこちらを明らかに警戒しており、姉の後ろからこちらを睨んでいた。
(警戒されてるな。まあ当たり前だけど)
「あ、これはご丁寧にどうもありがとうございます。本当に感謝します」
そう思いながらも、心からの感謝とともに深く頭を下げる。
向こうも相当勇気が必要だったことだろう。自分ならどうだろう。汗だくのでかいバッグを背負った男がいたら、しかも家の前に腰を下ろしていたら窓を開けるだろうか。
開ける、と断言することはできない。少なくとも相当悩むだろう。
それを僅か10分で決断してくれたということに感謝の言葉も出ない。
「あ、あの、疲れてませんか? その、一回の客間に案内します」
そう言って二人は客間に案内してくれる。
中はシックなモノトーン系の落ち着いていて、それでいておしゃれな雰囲気を漂わせる部屋だった。この部屋を見ただけでもなんとなく、お金持ちなんだなと思ってしまう。
「どうぞ、布団は一週間前に洗ってますから綺麗だと思います。あ、ただあまり引き出しとかは開けないでいただけるとありがたいです……」
「あ、そ、それはもちろんです! 絶対不必要なものには触らないです!」
恩人の家に来て家探しするほど無粋ではない。白雪凛の言葉に俺は強く頷く。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、とんでもないです。あ、あの、この後って少しお話のお時間をいただけませんか?」
まるで男が女の子にナンパしている様な言い方だが、もちろんそんなことはない。恐らくだが、俺と違って彼女達はこの五日間、ちゃんと起きていたと思う。情報交換は大事だ。
「あ、はい、ぜひ。さっきのリビングで……、あと、その……なにか食べる物とか持ってませんか?」
そんなことを聞いてきた。
「え、あ、ありますよ! カロリーメーカーとあとお茶があります!」
そう言ってチョコ味のカロリーメーカーを出す。
「お茶は水がまだあるので大丈夫です。ただ、その、カロリーメーカーをいただけませんか? こちらからお出しできる物はないのですけど」
「え、いやいや、中に入れてくれただけでもありがたいですよ。どうぞどうぞ!」
そう言って二人に一つずつカロリーメーカーを渡す。
壊れていない家で休ませてくれるのだ。これくらい安い物である。
「ありがとうございます! 私達昨日から何も食べてなくて……」
「あ、そうだったんですか。じゃあもう一個ずつどうぞ」
そう言って、さらに二つ渡す。
「え、いいんですか? ありがとうございます!」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
可愛い女の子にいい顔したいというのもあるが、それ以上に二人からの印象をよくしたいという考えもある。
それに後で情報交換するのだが、俺から出せる様な情報はろくにない。
俺が出せる情報といえばせいぜい近くのコンビニにホブゴブリンが陣取っていて、男性が二人殺されたくらいだろう。
これからもらえるであろう情報とは、カロリーメーカー四つ程度では釣り合わないくらいだ。
「ほら澪もお礼を言って!」
「……ありがとう、ございます。でも、私、あなたの事、信用してないから」
「ちょっと! 澪!」
姉に急かされた澪が渋々という感じでお礼を言う。信用されていないのも当然のことだ。
だが、他人とのコミュニケーションが嬉しくて俺は笑顔になる。
(あー、癒される。ここ一ヶ月忙しくて仕事の話しかしてないし、目が覚めたら覚めたでわけわかんないことになってるし……。あったけぇ)
「何笑ってるの? 気持ち悪い……」
「ちょっと澪!」
信用しないと言っているのに笑顔になっている俺を見た澪が気味の悪そうな目で見てくる。
「あ、すみません。人に会えたのが嬉しくてつい! 失礼しました。自分は荷物片付けたらすぐ向かいますが、待ってますのでそちらはゆっくりとお食べください」
(やばいやばい! 確かに今のは気持ちが悪かった!)
心の中で冷や汗をかきながら返答する。気を引き締めなければ。
そして数十分後、俺達はリビングの机で対面する。
「すみません、まず最初にお聞きしたいのですけれど、この五日間、この世界で何があったのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「「えっ?」」
驚いた二人の顔が瓜二つだったのが印象深かった。
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