第4話 ホブゴブリン
ホブゴブリン。そのゴブリンを見た俺の頭にはそんな言葉が浮かんだ。
多くの小説でゴブリンの上位互換として描かれ、作品によっては喋ったりゴブリンを率いていたりするが、総じてゴブリンより少し強い程度にしか書かれていないことが多い。
だが、目の前のゴブリンは違う。
見た目はゴブリンをそのまま大きくしただけ。しかし、その大きさが桁違いだった。
最低でも2mはあるであろう巨大。筋肉の盛り上がり、引き締まった身体。顔はゴブリンよりもさらに凶悪で、その瞳には自分の力への絶対の自信が満ち溢れている。
そして、その右手には男性二人の命を奪ったであろうその体に見合った大きなボウガンが握られていた。
「ゲゲゲゲゲ!」
倒れた二人の死体を見下ろしながら満足そうに耳障りな声を上げた。
先に死んだ三体のゴブリンには目も暮れず、自分の戦利品と言わんばかりに男性二人を足蹴にしている。
俺は逃げた。
それはもうみっともなく全力で逃げた。叫びこそ上げなかったものの、他のゴブリンがいるかもなどとは一切考えることなく、ただ全力で走った。
そして、公園のトイレに駆け込み、吐く。
死んだ人間や、バラバラの手足や臓物などはここにくるまでにも何度も見た。
しかし、それらはどこか作り物のような気分で見ていた。気持ち悪い系のアニメや動画、ドラマなどにはそれなりに耐性があり、うっ、とはするものの目を逸らすほどではない。
そんな気分だったからこそいままではまだ平常心を保てていたのだろう。
しかし、あれはダメだ。
目の前で生きていた人間が死んだ。頭を矢で撃ち抜かれて死んだ。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い、夢なら早く覚めてくれ!)
しばらくは臭いトイレの便器に俯きながらそう頭の中で唱えたのだった。
そして数分後、吐き気も収まった俺は便器に座り込み頭を悩ませる。
どこに行けばいいのかわからない。
このままここにいる。……ない。公園のトイレということで匂いがきついというのもあるがセキュリティがまるでなってない。ドアの上も大人一人がくぐり抜けられる広さがあり、やろうと思えばよじ登って中に入ってきてしまう。
交番。警察などいるはずがない。拳銃も銃弾一発に至るまでしっかり管理されているという話を聞いたことがある。警棒も予備が置いてあるかわからないし、そもそもここら辺にある交番は大通りに面している。
自分の家に戻る。……ありえない。人が中にいる事が既にゴブリン達にも知られている。鉄の扉とは今ごろは恐らく無理矢理開けられ、部屋は隈なく探され荒らされているだろう。
人の家。勝手に住み着くのはこの際仕方がないと割り切れるのだが、そもそも無事な家はどれも鍵が閉まっていて中に入れない。
他のコンビニ。近くにいくつかあるがこの分だと他もゴブリンの巣となっていそうだ。
スーパー。食べ物や武器になりそうなものはあるが、そう考える人はたくさんいるはずだ。つまり人がいる可能性は高い。だが、人が集まる場所にはゴブリン達も集まる。その中にはあのホブゴブリンもいるだろう。
(……よし、スーパーだな)
しかし、一息つける時間を貰える可能性はかなり高い。そのかわりゴブリンと戦わされる可能性もある。
それでも情報なども含めかなりのリターンが期待できる。
そう決意し、立ち上がり、一度周りを確認してトイレを流す。
まだ水は流れるのはありがたい。そんなことを思いながらトイレから出て、狭い小道に戻った時、ふと視線を感じた。なんとなく、という感じでそちらに視線をやる。
それは黒い屋根、白塗りの壁、どこにでもある二階建てのいたって平凡な一軒家。
その二階の窓、黄色いカーテンの間から、こちらを見る何者かがいた。
「おっ……!」
(あぶねぇー!危うくこんなところで叫ぶところだった!)
一瞬だったが間違いない。人だ。そう思った俺は思わずその家の敷地に入る。
その家は、今時珍しいコンクリートブロックの壁で囲われており、ホブゴブリンはともかくゴブリンでは中を覗けない様になっていた。
(どうしようか……)
だが、入っては見たもののここからのことは考えてなかった。念の為、一度ドアをゆっくり音がしない様に引いてみるが、やはり開かなかった。
チャイムを押したいところだが、響くしそもそも向こうだって俺の事に気付いたはずだ。
耳を澄まして見ても中からは階段を降りる音などは聞こえない。
(うーん……出てこないか……)
思わずといった感じで来てしまったが、入れてくれないのならお互いにとって害でしかない。
(10分だ。10分待って何も応答がなければ出て行って予定通りスーパーに向かおう)
そう決意し、先程の黄色いカーテンの下で入り口からは見えない場所に腰を下ろす。
(ふぅ、開けて中に入れてくれると嬉しいんだけどなぁ……)
もしかしたらあいつ入ってきやがった、どこか行けよ、などと思われているかもしれない。
カーテンの色からして女性っぽい気がするが、男だって黄色いカーテンくらい使うだろうから分からない。
それに可能性は少ないとは思うが、ゴブリンの可能性もないでもない。ざっと見た感じ庭や荒らされた様子はなく、一階の窓ガラスは割られていない。
人のはずだ。人であってくれ。そして中に入れてくれ。
そう祈るが、残念ながら俺の願いは届かなかった様だ。スマホの画面で10分が経ったこと確認する。
「はぁ……仕方がない」
そう小さく呟いて思いバックを持ち上げ、その場を後にしようとした時、目の前の窓ガラスのカーテンがゆっくり開いた。
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